そして私は街を駆ける 11 —窮地—







 街の北西部、アナが決死の尾行の果てに突き止めた場所。ライラが連れ込まれたという、城壁じょうへきを背にした屋敷の前にノクスは立つ。


 街外れにある、一昔前に爵位しゃくいの有る者が住んでいたという屋敷だ。


 この様な場所はこの街にはある程度の数はあるが、当然、そういった場所は真っ先に調べている——いや、調べる様に、指示は出していた。そして、報告では問題なしとの事だった。


 調べたのに気が付かなかったのか、調べた事にして報告したのか、買収されていたのかは分からない。ただ、いずれにせよ大幅に体制を見直さなくてはな、とノクスは溜め息をついた。


「なあ、アレン。アナの護衛の兵士は裏切ったりしてねえよな?」


 ノクスは悪い方へと考えてしまい、アレンに不安を漏らす。無事にアナと合流したノクスは、アナに護衛を付けて送らせたのだ。


 普段、滅多に見せない不安そうな表情をするノクスに、アレンは苦笑するほかなかった。


「アナさんに手を出したらどうなるのか、分からない馬鹿はいないでしょうね。まあ、私が護衛の者と定期的に連絡とるので、そこは安心して下さい」


 アレンの言葉に、ノクスは胸を撫で下ろし「すまねえ」と返事をする。いくつになっても、子供は子供だ。親としては心配するのが当たり前だと思う。


 そして、親仲間でもある恩人の娘を助けるため、今、ノクス達は屋敷を囲んでいるのだ。


 もし、さらわれた者達が屋敷にいた場合、相手は大量の人質を駒として使えるという事になる。慎重に動かなくてはならない。


 さあ、どう動こうか——と、ノクスが思案した時だ。ノクスの近くの道脇にある石蓋いしぶたがガタッと動いた。ノクスは大剣を抜き、様子をうかがう。


 そして、石蓋が持ち上がり——ノクスのよく知っている顔が現れた。


「やあ、ノクス。これは君の思惑おもわく通りかな? 捕らえられていた娘さん達を届けに来たぞ」


「セイジ! 無事だったか!」


 ノクスは駆け寄り、誠司を引っ張り出す。ライラが攫われたと聞いて、可能性の一つとして考えていた事ではあった。


 状況を理解したノクスは兵士達に合図を送り、次々と上がってくる女性達を引き上げて保護させる。その様子を見ながら、誠司はノクスに状況を伝えた。


「ノクス。およそ三、四十分程前に、三人の娘達が街の外へ向けて運ばれたとの事だ。まだ間に合うかも知れない」


 それを聞いたノクスは、アレンに指示を出す。


「アレン、通信魔法を。ノクスウェル=ベッカーの名のもとに、街の門を全て封鎖しろ」


 アレンはうなずき、全兵向けの連絡網で指示を出す。間に合ってくれればいいのだが。


 しかし、攫われた娘達を助け出してくれた事で、俄然がぜん動きやすくなった。ノクスは誠司に礼を言う。


「助かったぞ、セイジ。しかし、ライラちゃんをおとりに使うってのは感心しないな」


 そのノクスの言葉を聞いた誠司は、おや、といぶかしんだ。


「待て待て、私はてっきりライラと君がくわだてた物かと——」


 誠司とノクスは顔を見合わせる。なるほど、ライラが完全に独断で動いた、という事だ。


「——なあ、ノクス。私は胃が痛いよ。娘を持つ親というのは皆、こんなものなのかね」


「いや、ウチのアナも大概だがなあ……それでも人攫いに、わざと攫われる娘はそうそう居ないと思うぞ?」


 ノクスは誠司の肩に手を置いた。アナからの話を聞いた限りでは、ライラは自分から攫われた気がする。


 本来、ライラという少女はチンピラごときがかなう相手ではないのだ。『無抵抗で攫われた』など、とても信じられない。


 と、その時だ。通信魔法で指示を出していた、アレンの方に動きがあった。アレンが慌ただしくノクスに報告する。


「ノクスさん、不味い。西門の衛兵と連絡が取れない様です」


 ノクスは苦虫をみ潰した様な表情を一瞬浮かべたが、直ぐに気を取り直してアレンに指示を出す。


「——そうか。手の空いている兵士は急ぎ西門へ。誰でもいい、着き次第、状況の報告を。アレン、お前さんは兵士達に指示を送りながら娘達を教会へ連れて行ってくれ。屋敷は俺達が何とかする」


「分かりました、ご武運を」


 アレンはこころよい返事をし、駆け足でその場を後にした。その様子を見送り、ノクスは、さて、と右肩を回しながら誠司に質問する。


「なあ、もし人質が、既に街の外へ連れ出されてしまった場合、どうやって行先を調べる?」


 その当然の質問に、誠司は軽く首を回しながら答える。


「まあ、知ってる奴に聞くしかないだろうね」


「んじゃ、聞きに行くか」


「ああ」


 短く言葉を交わし、二人の男は、屋敷へと向かい歩き始めた——。







 エルフを人質に取っている痩身そうしんの男と相対あいたいし、私は考える。


 少なくとも、今この場には、誠司さんはいなさそうだ。私が何とかするしかない。


 人質を取られている以上迂闊うかつには動くのは危険だが、時間稼ぎが出来れば王国の兵士達——あわよくば、ノクスさんが来るかもしれない。


 私は痩身の男に、舌戦ぜっせんを仕掛ける。


「ねえ、その人、大切な商品なんでしょ? 傷つける訳にはいかないよね。人質の意味あるのかな?」


「へえ、詳しいねえ。『大切な商品』って知ってるんだな。じゃあ、お嬢ちゃんにとっても、こいつは『大切な商品』って訳だ。助けに来たんだろ?」


「あっ……」


 しまった、考えなしに喋るもんじゃない。一回のラリーで舌戦は終了してしまった。いや、まだだ。私は食い下がる。


「でも、傷つけられないのは確かでしょ?無駄だから彼女を離して——」


 そう私が話している途中だった。


 痩身の男は、人質にとっているエルフを横向きにし、私に見せつける様に、手枷てかせとらわれている彼女の人差し指をつかんだ。


 そして間髪入れず——ポキッという乾いた音が私の耳に聞こえてくる。


「――――ッ――――!!」


 人質にとられている彼女は、大きく目を見開き、声にならない叫び声を上げる。私は、思わず声を荒げる。


「ちょっと! 何をやって——」


 痩身の男は無表情のまま、二本目の指を掴み、躊躇ちゅうちょなくへし折った。再び、ポキッという音が鳴り響く。


「――――っ――ァッ――!!」


 エルフの女性の目には涙が浮かび始めていた。フーッ、フーッ、という荒い息遣いが聞こえる。駄目だ、これ以上見ていられない。私は両手を上げる。


「……わかった。言う事聞くから、やめてあげて」


「へえ、聞き分けいいねえ。まあ、変な動きしても、この娘の指が折れていくだけだ。俺はどっちでも構わないよ」


 そう言って、男は三本目の指をつかむ。


「やめてって言ってるでしょ! 何もしないから!」


「だってよ。君達」


 痩身の男は仲間たちに声をかける。私が奇襲で倒した男達はすでに立ち上がり、ジワリジワリと私のことを囲う。


 衛兵も、御者も、私を馬鹿にした男も——悔しい。私はなすすべがないまま、壁際へと追い詰められていく。


「さっきはよくも、やってくれた、なっ!」


 そう言って男の一人が、私の腹を思いっきり蹴り飛ばした。私はその勢いで、壁に思いっきり背中をぶつける。鈍い痛みが全身に走った。


「——カハッ!」


 私はズルズルと座り込む。胃液が逆流しそうになるのをこらえ、唾を飲み込んだ。痛い。痛い。


 いっそ、飛んで逃げてしまおうか、との考えが頭をよぎる。


 そう、そして誰かを呼んで、助けに来ればいいじゃないか。うん、そうだよ、少しだけ待ってて。すぐに戻るから——。


 その時、顔を上げた私は、人質に取られているエルフの娘と目が合ってしまった。


 その女性は、涙をたたえた目で私の方を見て、フルフルとゆっくり首を振っている。まるで、私の事はいいから逃げて、と言わんばかりに。


(……そんな目を見ちゃったら、逃げられないじゃない……)


 私は、自嘲気味に笑いながら、ゆっくりと立ち上がる。


 そうだ、誰かを呼びに行っている間に見失ったらどうする。


 何も出来ないけれど、今はとにかく時間を稼がないと。異変に気づいた誰かが、来てくれると信じて——立ち上がった私は、再び手を上げ無抵抗の意志を示す。


「おい、ザラン。こいつ、顔殴っちまってもいいよな?」


「ああ、どっちみち口封じで殺さなきゃいけないからねえ、好きにしなよ。ただ、そろそろ急いだ方がいいかもねえ」


 ザランと呼ばれた痩身の男は、相変わらずの無表情で答える。それを聞いた男は、私のえりを掴む。


「だとよ。俺達を舐めるからだ。後でたっぷり遊んでやるから、なっ!」


 そう言って、男は私の顔を殴った。再び、勢いで壁に背中を打ち付ける私。


 子供の頃、母に殴られた記憶がフラッシュバックする。嫌だ。嫌だ。ごめんなさい。今度こそ逆流した胃液が漏れてしまった。


「——ケホッ、ケホッ!」


(……みっともないなあ、私。でも、時間を、稼ぐんだ……稼がなくちゃ……)


 何の根拠もある訳ではない。なかば意地だ。そうしてヨロヨロと壁を背に立ち上がる私を見て、男達はたじろいだ。


「なんだ、こいつ。気味悪いなぁ……」


「チッ。ほら、君達。攫うか、殺すか。急げよ」


 初めて苛立ちの様な感情をのぞかせたザランの言葉に、男達は私の口に噛ませる布を手に持ち近付いてくる。


 ——あーあ、ここまでか。まあいいや。攫われるのなら、どこかで状況を打開するチャンスはきっとあるハズだ。ああ、もう、その時を楽しみにしてなさい——。


 私が心の中で観念と決意をし、目を閉じたその時だった。


 立ち上がった私の身体が急に引っ張られ、尻餅をついてしまう。


「——!?」


 何が起こったのか理解出来ない。私の様子を見ている男達も理解出来ずにほうけている。


 ええと、急激に肩に重みを感じ、引っ張られて——私は視界のすみに動く物を捉え、そちらの方に目線をやる。


 それは、ヘザーから預かっているボストンバッグだった。


 バッグがモゾモゾと動き、開き口が開く。そして、その中から人の手が生えてきた。その手は地面をつかみ——



「——こんばんは、リナ。どうやらお取り込み中の様ですね」


 ——バッグの中からヘザーが顔を出して様子を窺い、ひらりとその中から飛び出てきたのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る