そして私は街を駆ける 13 —門の決着—





 ザランと打ち合っているレザリアは、内心焦っていた。


(この男……想像以上に、腕が立ちますね)


 レザリアは弓の腕前に比べれば、剣の扱いはそれ程けている訳ではない。しかし、それでも何百年と剣を振るってきたのだ。並の人間に遅れをとるつもりはなかった。


 だが、今、ザランの剣技の前にレザリアは攻めあぐねている。認めよう、この男は強敵だと。


「やるねえ、お嬢ちゃん。これ程とは思わなかったよ」


 ザランは距離を取り、レザリアに語りかける。レザリアはザランに返事をする事なく追撃を行うが、ザランはその剣撃を弾き返す。


「はは。取り付く島もないねえ。でも、いいのかい?俺に夢中で、大好きなリナちゃんを放っておいても」


 ザランの言葉に、レザリアの意識が一瞬——ほんの一瞬、門の上の莉奈の方に向いてしまった。その隙を逃さず、ザランは腕を振る。


 直後、レザリアの右肩に痛みが走った。レザリアが視線を向けると、肩口に長い針の様な物が刺さっていた。レザリアはそれを抜き、忌々いまいましく地面に投げつける。


「——っ!……貴様、何を」


「ああ。ただ、毒を打ち込んだだけだよ。ま、安心しな、剣を振るのが、多少億劫おっくうになる程度だから」


 ザランはクックッと笑い、レザリアに襲い掛かる。レザリアは右腕を持ち上げようとするが、痺れて動かない。


 仕方なく細剣を左手に持ち替え応戦するが、ザランの攻撃をいなすだけで精一杯だ。利き手が動かないのは、非常に不味い。


(くっ……リナが見ているのに……恥ずかしい)


 レザリアは相手の策略にはまり、情けない姿を莉奈に見せている事を不甲斐なく思う。穴があったら入りたい。


 ただ——莉奈に見られているからこそ、左手一本でもくじけずに戦える。


 レザリアは奮闘する。ザランの攻撃を紙一重で避け、或いは受け流し、反撃の機会をうかがう。


 だが、さすがにその状態ではザランの方が上手うわてだった。打ち合いの果てにレザリアの隙を突き、細剣を大きく弾いて、レザリアの体勢を崩す。


 そして、ザランの曲刀がレザリアの脳天めがけて振り下ろされた——。



 ——ガツッ



 鈍い音が鳴り響く。


 振り下ろされた曲刀は、レザリアの脳天には届かなかった。


 レザリアとザランの間に入ったヘザーが、振り下ろされた曲刀を、交差させた腕で受け止めていたからだ。ザランはその感触に、目を見開き驚愕する。


「……な……ばか……な」


 ザランの動きが一瞬止まった。その隙を、『月の集落』随一の戦士が見逃すはずがなかった。



 ——ズブッ



 ヘザーの横から伸びた細剣は、ザランのみぞおちを正確に貫く。そして、その突き刺した細剣を、レザリアは回転させ、上方向に切り上げた。



 ——ゴボッ



 ザランの傷と口から血が吹き出し、ヘザーとレザリアを赤く染める。


 ザランは信じられないといった表情をしたまま絶命し、ゆっくりと地面に突っ伏していったのであった——。






「ヘ、ヘザー様、だ、大丈夫ですか!?」


 戦闘が全て終わった事を確認したレザリアは、我に返りヘザーの腕をとる。ヘザーは涼やかな顔で、レザリアに微笑んだ。


「私は大丈夫ですよ。それよりレザリア、あなたです。解毒の魔法は使えますか?」


「え、あ、いいえ、解毒魔法は……」


「わかりました。少々お待ち下さいね」


 キョトンとするレザリアを置いて、ヘザーは自分達が出て来たバッグの方に向かった。


 その間に、門の上に避難していた莉奈が、ニーゼを抱いてフラフラと降りてくる。勢いをつければ別だが、人一人を担いで飛ぶのはまだまだ苦手なのだ。


 莉奈はザランだった物を一瞥いちべつし目を伏せたが、気を持ち直してレザリアの前に降り立つ。


「お疲れ、レザリア。ニーゼさん? に回復魔法お願い!」


「あ、はい! わかりました!」


 莉奈のお願いにレザリアはこころよく返事し、ニーゼの指に手を当てる。


「ニーゼ、よく頑張りましたね——『傷を癒やす魔法』」


 レザリアが魔法を唱えると、ニーゼの指が緩やかに正常な状態に戻っていく。


 そこに、バッグを持ったヘザーが戻ってきた。そして、レザリアに薬を手渡す。


「レザリア。解毒薬です。早くお飲みなさい」


「あ、ありがとうございます! ヘザー様、腕は……」


「問題ありませんね。リナ、私に『汚れを落とす魔法』を」


 レザリアの心配をよそに、ヘザーはニーゼの手枷を破壊しながら飄々ひょうひょうと答える。莉奈はヘザーとレザリアに『汚れを落とす魔法』を唱えた。



「——それでは私は、馬車の中の人達の所に向かいますね」


 血を落としたヘザーは一礼をし、馬車へと向かう。そんなヘザーを見送りながら、解毒薬を飲み干しレザリアは呟く。


「……リナ。なんというか……ヘザー様って不思議な方ですね」


 レザリアの言葉に、莉奈は「うん」と何かを言おうと口を開きかけたが、少し思案し、開きかけた口をつぐむ。


 そして莉奈は、ニーゼの猿ぐつわを外しながら改めてレザリアに口を開いた。


「うん、ヘザーはね、すごいんだ。私達の自慢の家族なんだよ……よし、解けた」


 ニーゼの猿ぐつわが外れた。


 ニーゼは少し咳き込んだ後、莉奈の方を振り向くとその胸に飛び込み、莉奈をギュッと抱きしめる。


「なっ、なっ、なっ、何をしているのですっ、ニーゼ、ふしだらなっ!」


 悲痛な叫び声を上げたのはレザリアだ。だが、ニーゼは莉奈を離そうとはしない。


「レザリア。私はこの方に抱きしめられてしまったの……そして、頭を……」


 そう言って頬を赤らめるニーゼ。愕然がくぜんとするレザリア。


「……リナ。それは事実ですか?」


「ん?……あー、そういえば、まあ……」


 莉奈は記憶を思い返す。門の上での事だ。まあ、誰だってそうするだろう――という感じだが、その莉奈の返答を聞きレザリアは崩れ落ちた。


 泣き崩れるレザリア。恍惚こうこつの表情を浮かべるニーゼ。困惑する莉奈。


「……ねえ、あなた達。お願いだから私に、エルフの文化っていうの教えてちょうだい……なるべく正確に」


 莉奈が二人に嘆願たんがんしたちょうどその時、遠くから声が聞こえてきた。兵士の姿が見える。ようやく到着した様だ。莉奈は手を振り、兵士を招く。


「おい、何があった。大丈夫か!?」


 無惨な姿で男達が転がっている。


 重傷者四名、死者一名。これから兵士達に事の顛末てんまつを報告しなければならない。馬車からは、ヘザーが囚われた娘達を連れてくるのが見えた。


 ——エルフの文化の話はまだまだ聞けそうにないな、と莉奈は苦々しく笑うのだった。




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