第四章 そして私は街を駆ける
そして私は街を駆ける 01 —到着—
サランディア——トロア地方の南西部を領地とする、サランディア城の周りに造られた街、いわゆる城下街だ。
川沿いに造られたこの街の規模はそれ程大きくないが、そもそも、このトロア地方という辺境の地の人口自体が多くはない。
加えて、領地と言っても他には小規模な街が点在するぐらいで、後は村や集落がそこかしこに散らばっているという感じである。
サランディアを囲っている城壁は、敵国に対するものというよりかは、魔物の侵入を防ぐ為の意味合いが大きい。
元々、このトロア地方の国家間は良好な関係にあったのだが、約二十年程前にこのトロア地方を襲った『厄災』に立ち向かう為、さらに国家間の親交は深まったのだ。協力し合えなければ、滅びるだけだったのだから。
だが、例え国家間の関係は良好だとしても、この地方は魔物が多い。この穏やかで
加えて、二十年程前の『厄災』だ。その悪評が広まり、今や大陸からこの地方に流れてくるのは、余程の物好きしかいないだろう。
——ただ、物事とは風化していくものだ。『厄災』を経験していない世代も増えてきた。
どうかこのまま平和でありますように——それは、トロア地方に住む者、共通の願いであった。
†
「誠司さん……もうすぐだよ、街!」
森を抜け、草原を歩き、街の門がはっきり見える様になった所で、莉奈はもう先程から何回口に出したか分からない言葉を誠司に投げかける。
異世界に来て初めての街、事態が事態なだけに
莉奈は、空から見ようと飛ぼうとしたが、誠司にコートの
「分かった、分かったから落ち着きなさい。あまり飛ぶ姿は見られない方がいい」
「うう……つい。ごめんなさい」
確かに、誠司の言う通りだった。『飛行魔法』が存在するとはいえ、その使い手はほとんどいないと言う話だった。
ここで目立つのは、莉奈の為にも、今回の目的の為にもあまりよろしくない。莉奈は地に足をつけ、しょんぼりと歩き出す。
「まあ、私も街は久しぶりだ。気持ちは分かるよ」
「久しぶりって、ライラが産まれる前?」
「いや、どう言ったらいいか正確には分からないが……ライラはこの街で産まれた事になるのかな」
誠司の言葉に莉奈は驚く。初耳だ。てっきり『魔女の家』で産まれたものだと思っていたからだ。
せっかくなので色々聞きたいが、踏み込んだ話を聞いていいものかどうか莉奈が思案していると、先に誠司が口を開いた。
「こんな身体だ。ライラが初めてこの世界に出て来た、っていうのがこの街でね。その時、ノクスの奥さんに世話になったんだ。今回の件が片付いたら、挨拶しに行かなきゃな」
「そうなんだ! 私もついていっていい?」
「ああ、もちろんさ」
莉奈は嬉しく思う。誠司が過去について口にするのは珍しいからだ。
誠司が過去に出会った事のあるレザリアの影響か、久しぶりに外の世界に出た影響か、あるいはこのちょっとした冒険の影響か、それは分からない。
だがいずれにせよ誠司が過去を自ら語る事で、誠司という人間が実体を
「ねえねえ、ノクスさんの奥さんってどんな人?」
「うーん、そうだな。ノクスには勿体ない程の——」
そんな他愛もない話をしながら二人は歩く。目的地サランディアまでもう少しだ。
†
「ほう、ノクスさんのお知り合いですか。どうぞ、お通り下さい。サランディアはあなた達を歓迎します」
街の入り口の検問は、あっさりと通過できた。以前より、いつでも街に来れる様にとノクスから渡されていた紹介状のお陰だ。
この事態を想定していた誠司は、その紹介状を携帯していた。紹介状がなくても街に入れるには入れるのだが、その場合書類手続きと許可証の発行の時間が必要になる。
その手間を省けるのだから、ノクスに感謝だ。
「朝早くからありがとう」
誠司は衛兵に礼を言い、二人は街へと足を踏み入れた。
莉奈は街を見る。そこは、莉奈の想像していた通りの、まるで物語の世界に登場する、いわゆる中世ヨーロッパの様な街並みが広がっていた。
そのまだ
「誠司さん、これは正に……異世界の街って感じだね」
「そうだろう? 私も最初は驚いたものだ。何でこうも、我々が観ていた作品みたいな、馴染み深い世界が広がっているのかとね」
その誠司の言葉に、莉奈は鼻を鳴らして誠司に向かい指を立てる。
「それはねえ、きっとこの世界にいた人が私達の世界へ転移して、この世界の事を作品に残したからなんだよ!」
莉奈の
「ない話では……ないのか? もしそうなら元の世界に帰る方法が……いや、今更帰ったところで……しかし何故、世界観がこうも……」
ぶつぶつ
「まあ、今は目先の問題だ。何か腹ごしらえをしたいところだが、この時間に開いている店はないだろう。とりあえず宿をとり、そこで食事をするという事でいいかな?」
「うん、早くしないとライラ起きちゃうもんね」
ライラは昨晩早い時間に寝た。もう、いつ起きてもおかしくないだろう。
まだ人通りのあまりない道を、誠司の知っているという宿に向かい二人は歩いていった。
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