そして私は街を駆ける 02 —妖精の宿木—






 誠司は『妖精の宿木やどりぎ』と看板に掲げられた建物の扉を開く。


 少し古くささを感じさせる内装だが、掃除は行き届いている様だ。


 受付には若い男が眠そうに欠伸あくびをしていたが、それをみ殺し、出迎えの挨拶をする。


「ああ、いらっしゃい」


「三人、一部屋、ベッドは二つ。空いてるかな?」


 元の世界の常識と照らし合わせて考えるなら変な注文だが、金の無い冒険者を相手にする事も日常茶飯事さはんじだ。誠司のオーダーに、若い男はこころよく答える。


「大丈夫ですよ。今は何もない時期なんでね、ゆっくりしていって下さい」


「ありがとう、では宜しく頼む。それと、レティさんは元気かね?」


 レティ、という名を聞き、若い男の顔がほころんだ。


「母さんの知り合いですか! もう少しで降りてくると思いますが、呼んできましょうか?」


「いや、何十年も昔の話だ。レティさんも私の事など覚えて——」


「セイジじゃないか!」


 誠司の言葉をさえぎり、階段の方から声がする。


 何事かと莉奈がそちらの方を向くと、恰幅かっぷくの良い、いかにも気立ての良さそうな女性が誠司の方を見て駆け寄って来た。


「やあ、レティさん。お久しぶり、元気そうで何よりだ。今日はこちらにお世話になるよ。それにしてもよく私の事を覚えていたね」


「そんな変な格好してんの、アンタぐらいしかいないよ。いやあ、歳とったねえ」


「はは、それはお互いさまだ」


 レティがいるのはスキルで分かっていたが、こうして昔の知り合いの元気な姿が見られるのは嬉しいものだ。


 誠司はレティと軽く抱き合い、再会を喜ぶ。


「それで、そちらのお嬢さんは? アンタの娘かい?」


「はい——ふぐっ!」


 莉奈がいつもの流れをしようとしたところで、誠司が莉奈の口をふさぐ。


「こちらは莉奈。私と同じ国の出身で、今は同じ家に住んでいる」


 ——くっ、後でちゃんと誤解させとくからね、と莉奈は心の中で誠司に訴えかけた。


「へえ、よろしくねリナちゃん。セイジのお守り、大変だろう?」


「うーうー」


 未だ口を塞がれている莉奈は、レティに懸命に頷く。誠司は苦笑し、莉奈を解放した。


 その様子を見るレティは楽しそうに笑っている。


「ぷはっ、よろしくお願いしますレティさん」


「ふふ、あいよ。そんでこっちがウチの馬鹿息子のヤントだ。ほら、挨拶!」


 そうレティにうながされたヤントは、セイジの方を見て震えている。


「セ、セイジさんって……まさか、あの『救国の英雄』のセイジ様!?」


 その様子を見たレティは、挨拶をしない息子の頭をポカリと殴った。


「ああ、そう言えばそんな話もあったねえ。アンタ、世界を救ったんだって?」


「いや、話が一人歩きしているだけだよ。私にそんな大それた事が出来るわけないだろう?」


 誠司の言葉を受け、レティは真意をはかろうと、誠司の目をその視線で覗き込む。


 ややあって、レティは息を吐いた。


「さ、ヤント、聞いた通りだよ。余計なこと言ってないで、アンタは部屋の用意をしてきな!」


 ヤントは「はいぃ」と言って階段を登って行った。ヤントが居なくなったのを確認したレティは、声を潜め誠司に話しかける。


「……それで『救国の英雄』様。もしかして、この街になんかあったのかい」


「……何故、そう思う」


「ふん。こんな朝っぱらに来るなんて、夜通し歩いてきたんだろう? しかも急ぎで。アンタとその嬢ちゃんの格好を見れば分かる」


 レティがあごした莉奈の格好は、定期的に『汚れを落とす魔法』を唱えていたとはいえ、今は確かに薄汚れていた。


 これくらいだったら街を歩くのに問題はないと、部屋に入ってから『汚れを落とす魔法』を唱えようと思っていたのだ。


 そして誠司も返り血を浴びていないとはいえ、その足元は土で汚れている。


 誠司は一瞬、言い訳を考えたが、諦めてレティに打ち明ける。


「……まったく、かなわないな、レティさんには。私達はこの街に、さらわれた西の森のエルフ達を助けにやってきたんだ。何か知っていることはないかい?」


「なるほどね。最近、街に見掛けないヤツが増えたと思っていたが、そういう事かい。騎士団の連中も、なんだか慌ただしい。誰彼だれかれの娘が帰ってこない、なんて話も耳に聞こえてくる」


「よかったら、知っている事を教えて欲しい」


「ああ。その代わり、エルフ達だけじゃなく、ついでにこの街の娘も助けてやってくれよ」


 誠司が頷くと、レティは誠司を部屋の隅のテーブルに連れて行って密談を始めた。


 置いてきぼりにされた莉奈は、部屋に飾られた絵画とか花瓶とかを見て「ほほう」とか呟いてみる。暇だ。







 五分程経っただろうか、誠司達が話し終わったタイミングで、部屋の用意をし終えたヤントも降りてきた。ヤントは誠司に部屋の鍵を渡す。


「お待たせしました。部屋の用意が出来ましたので、ごゆっくりおくつろぎ下さい」


「ありがとう。それで、軽食を三人分用意してくれると助かるんだが」


「わかりました。ええと、お連れ様は後からいらっしゃるんで?」


 もっともな質問だ。三人目は勿論ライラの事だが、この場にはいない。どう答えるのかと莉奈は心配したが、誠司はざっくりと説明する。


「ああ、白いローブを身にまとった銀髪の少女なんだが、突然現れたり消えたりするんだ。気にしないでくれ」


「え? 現れたり……消えたり?」


「こら、ヤント! お客様を詮索すんなっていつも言ってるだろ、早くアンタは食事を用意しな!」


 レティの一喝で、ヤントは裏手へと引っ込む。多分ヤントの反応が普通であろうに、不憫ふびんだ。莉奈は憐れみの視線で見送った。


「さ、セイジ。アンタ達は部屋にお上がり。食事は届けさせるから。自分の家だと思って寛ぎな、金は取るけどね」


 そう言ってレティは、あははと笑う。


 誠司は、レティは昔から変わってないな、と懐かしさを感じつつ軽く手を上げ応え、莉奈を連れて部屋へと向かうのだった。





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