月の集落のエルフ達 09 —夜食会—






「——ところで、ナズールド。少し聞きたいんだが」


 誠司は木の実をみながら、ナズールドに話しかける。


 その誠司の前には、一人で食べるには多い分量の、木の実を調理して味付けした物——例えるなら、木の実のころがしだろうか——と、香草を煮込んだスープが置かれていた。


 だが、誠司の顔はけわしい。


「はい、何でしょう……もしかして、お口に合いませんでしたか……?」


「いや、そうじゃない。君達の選ぶ木の実や、その味を引き出す調理方法は格別だ。いくらでも入る」


「そうですか、それは良かった……!」


「ただな——」


「誠司さん、おはよー」


 誠司が口を開きかけた所で、レザリアが莉奈を連れて——いや、莉奈がレザリアを引っ張ってやって来た。


「おう、莉奈おはよう。眠れたかな」


完徹かんてつは余裕だろうね」


「それは頼もしいな」


 そう言いながら誠司は、自分の目の前の煮込まれた木の実をいくつか取り分け、莉奈に手渡す。


 その様子を見て、莉奈の分を用意しようとしていたエルフが慌てた。


「セイジ様、リナさんの分は別に——」


「ああ、いい、いい。さあ、莉奈、食べなさい」


「うん……?……いいの?」


 誠司の考えてる事を分かっているつもりでいる莉奈は、思わず聞き返してしまったが、誠司の「せっかくのご厚意だ、有り難く頂きなさい」という言葉に、赤黒い木の実を口に含んだ。


「ん、おいし! 甘くて柔らかくて……口の中で溶けていくね」


 果実の甘味が口の中に広がり、脳に沁み渡る。かと言って甘すぎる訳でもなく、噛むと中に包まれたクリームの様なものが広がっていく食感がたまらない。


 幸せそうに頬を抑える莉奈の顔を見て、レザリアが喜ぶ。


「よかった! 私が味付けしたんですよ。と言っても、素材の味を生かしただけですが。色々な味があるんで、どんどん食べて下さいね!」


「すごいね、レザリア。いいお嫁さんになるよ!」


「ひゃっ!? や、やめて下さいよお!」


 そう言ってレザリアは莉奈の背中をバシバシ叩いた。


 莉奈は「んっ!」と変な声を上げながらも、誠司が取り分けてくれた三粒を瞬く間に平らげる。そして——


「ふいー。ご馳走様でした」


 ——莉奈はお皿を押し返す。その様子を見て、レザリアが一気に不安そうな表情を浮かべた。


「リナ、全然食べてないじゃないですか。まだ用意出来るのに……やはり……お口に合わなかったのですか……」


「ううん? そんな事ないよ。いくらでも食べられるよ?」


「——だったら!」


「みんなも一緒ならね」



 莉奈はそう言ってエルフ達を見渡す。


 その様子を見守っていたエルフ達の空気が、一瞬で凍りつく。そう、彼らの前には食事など用意されていない。


 誠司が息を吐いた。


「——だ、そうだ、ナズールド。私も同感だ。何で君達は食べないのかい?」


「セ、セイジ様! 決して身体を害する物など入っておりません故――!」


 もしかしたら毒物を疑われているのではないか、と思い至ったナズールドが必死に弁明をする。


「そんなのは疑ってないよ、ナズールド。はっきり聞こう、君達がここに来てからもう三日だ。しかも、どういう状況か分からない以上、遠出も出来ない。この辺の食べ物は取り尽くしてしまっているのではないかい?」


 誠司と視線を合わせられず、エルフ達が顔を下げる。


 身体を害する物——という言葉が出た辺りで目を白黒させている莉奈が視界に入ったが、今は放っておこう。


 ナズールドが苦しげに口を開く。


「いえ……明日から探索範囲を広げようと……」


「では、今日、皆が食べる分はないんだな?」


 誠司の問いに、ナズールドは「うっ……」と返答に窮する。居ても立っても居られず、レザリアが誠司にすがりついた。


「お許しください、セイジ様! しかし、私達は一日くらいどうとでもなります!」


「そうです! これから私共の為に動いて下さるセイジ様に力をつけて頂こうと皆で話し合って——」


「——それは子供達の食事を犠牲にしても、かね。そんなに私は頼りないかね?」


 ナズールドの言葉をさえぎり、誠司が問いかける。


 その瞳は、暗く、冷たい。そのただならぬ雰囲気に、二人のエルフは言葉を返す事が出来ず固まった。



「——私を舐めるなよ、エルフ共」



 誠司が静かに言い放つ。一瞬——ほんの一瞬ではあるが、確かな殺気がこの部屋を支配する。


 動けば殺される——そんな錯覚がエルフ達を襲い、彼らは息も出来ずにいた。のち、誠司は深く息を吐く。


「——いや、すまない、失言だった。だがな、聞いてくれ、ナズールド」


 気がつけばエルフ達は、死神の鎌が自身の魂に押し当てられている様な感覚から解放されていた。


 ナズールドが、息を吐き頷く。


「君達の集落では『子供達を最優先する』という決まり事があるんだろう? 私は心を動かされたよ。私もそうだからね——」


 誠司は子供エルフ達の方を向き、目を細めて見つめる。


「——だが、今の君達はどうだい。あの子供達は明らかにお腹を空かせている。そもそもこの三日間、だいぶ節制してきたんじゃないか?」


「——仰る通りです……夏や秋ならともかく、まだこの時期は実を付けている植物は少ない上、この隠れ家の付近は採れるものも少なく……蓄えは集落に置いてきたので……」


 ナズールドは苦しげに白状する。


「まずは、あの子らに食べさせてあげよう。いいかな?」


 その誠司の言葉に、誰の返事も待たず、莉奈が子供達を手招きする。


 それを見て、お腹を空かせたエルフの子供達が、恐る恐る近寄って来た。莉奈は皿に木の実を取り分けながら、にこやかに子供達に話しかけた。


「ごめんねえ。あのおじちゃん、怖かったねえ。後で叱っておくからねえ」


 誠司は「うっ」とうめく。子供達は美味しそうに木の実を頬張り始めた。誠司は咳払いし、続ける。


「そして、君達だ。君達の心遣いは、もちろん嬉しい。が、そんな状況で私達に気を遣うんじゃない。私達は君達の仲間を助ける、君達は今いる仲間を守る、それぞれが出来る事をやるだけだ。この場を共にする今、そこに上下はない。そこいら辺はしっかりさせて貰う」


 静まり返る空気。そうは言っても難しいだろう。誠司は彼らにとっての英雄なのだから。


 誠司がいくら良いと言っても、彼の事を無碍むげには出来ないだろう。その様子を見て、莉奈はエルフ達に助け舟を出す。


「こんな事言ってるけどね、誠司さん、ホントはみんなと一緒に食事をしたいだけなんだよ」


 莉奈はレザリアとナズールドに目配せをする。呆気に取られる二人。


 そんな周りの空気を余所に、莉奈は鼻歌まじりで木の実を皿に取り分けていく。


「——おい、莉奈」


「そうなんでしょ? そうなんだよね? 誠司さん」


 莉奈がジロリと睨む。その言外に込められた意味を感じとり、誠司は観念した。結局、たどり着く結論はそこなのだから。


「——ああ、そうとも言う、な」


 誠司の言葉を受け、エルフ達から緊張の解ける音が聞こえてくる様な気がした。


「さあ! みんなで食べて英気を養おう! あ、それと誠司さん——」


 莉奈は撫然ぶぜんとした表情の誠司に話しかける。


 まだ何かあるのかと目を向けた誠司に、莉奈はレザリアの肩に手を置き誠司を見据える。


「——さっき、私の友人の……わ、た、し、の、ゆ、う、じ、んのレザリアを怖がらせた様に見えたんだけど?」


「あっ! いえ、私はっ……むぐっ!」


 何か言おうとするレザリアの口を莉奈は手でふさぐ。そんな莉奈の言葉に、誠司はバツが悪そうにうつむく。


「——あれは……悪いと思っている」


「うん、後で説教ね」


 二人のやり取りを見て、エルフ達に笑みがあふれる。


 こうして、昼より少しだけ距離の縮まった彼らのささやかな夜食会からは、時折、談笑する声が聞こえてくるのであった。





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