月の集落のエルフ達 10 —誠司の提言—






 先程のピリッとした空気からは想像出来ぬ程、場はなごやかに進行していった。


 これもひとえに莉奈のおかげだ。莉奈が積極的にエルフ達に話しかけ、そして誠司をいじる。


(あのセイジ様が、からかわれている……)


 当の誠司はその莉奈に対し、ムスッとしたり、笑ったり、困った顔をしたり——楽しそうにやり取りをしている。


(セイジ様も、我々と一緒なんだ……)


 彼らは誠司を英雄視している。今でもそれは変わらない。


 だが、あがめるだけでは駄目だ。頼れる隣人として、仲間として接しよう。恐らく誠司もそれを望んでいるのだから。


 そしていつか、我々も英雄に頼られる存在にならなければ——ナズールドを始め、エルフ達に同じ想いが共鳴したのであった。







 食事を終えた誠司は、今後の事を話し合う為に彼らを集め円を組む。この後は誠司を見送るだけだと思っていたエルフ達は、顔を見合わせる。


 何か役割を与えて下さるんだろうか——期待と不安の入り混じった顔をしたエルフを見回して、誠司は口を開く。


「さて、取り敢えずは君達の食糧問題だ。この集落の場所も割れていることだし、『探知魔法』持ちがいたらここも決して安全とはいえないからな」


 エルフ達が神妙に頷く。『探知魔法』は、誠司の探知スキル程ではないが、あたりをつければ隠れている生命反応を探知することが出来る。


 ぞくを集落に潜ませていた所から察するに、その魔法の使い手は奴らの仲間にはいないとは思うが、それでも可能性はゼロではない。


「そこで、だ。君達には我が家へ来て貰おうと思う。あそこは結界の中だし、食糧の備蓄もある。どうだい、名案だろう?」


「しかし、セイジ様——」


 言いかけて、ナズールドは出かけた言葉を押し込む。ここで辞退の意を告げたら、さっきまでと何も変わらないじゃないか、と。


 そして、冷静に、合理的に考えれば、それに代わる案などある訳がない。誠司の後方のうれいをなくす為にも、そうするのが最善なのは明らかだった。


「——いえ、ありがとうございます。ご迷惑でなければ、ですが」


「うむ。私が言うのもなんだが、結構いい所だぞ、あそこは。温泉もあるしな」


 ナズールドの返答に、誠司は満足気に頷く。


『温泉』という単語にレザリアの耳がピクッと反応したが、それは誰にも気付かれる事はなかった。誠司は続ける。


「明日になったら相手の援軍が来るかも知れない。もし連絡を取り合っていたとしたら、集落に潜んでた仲間の連絡が急に途絶えた訳だからな。なので、この後すぐに向かって貰おうと思うのだが——ヘザー、彼らを案内して貰えるか」


 誠司の言葉を受け、ヘザーは自分のバッグの方を見て何か考えていた様だったが、すぐさま誠司に向き直って返事をする。


「はい、分かりました。お任せ下さい」


「よろしく頼む。それでは君達、夜を徹して歩いて貰う事になると思うが、大丈夫かね」


 誠司の問いに、大人エルフ達は顔を見合わせる。


「はい、私達は大丈夫です。ですが……」


 ナズールドはそう言い、子供エルフ達の方を見る。子供エルフ達は腹も膨れたせいか、三人揃って眠たそうな表情をしていた。


 子供らが、今から夜を徹し歩くのは到底無理であろう。エルフ達の心配を余所に、誠司は事もなげな様子でヘザーに聞く。


「ヘザー、何人いける?」


「二人なら問題なく。別に三人でも構いませんよ」


「——聞いての通りだ。誰か一人、子供を背負えるかい?」


 誠司の言ってる意味が分からない。何が聞いての通りなのだろうか。


 エルフ達が困惑していると、ヘザーが子供エルフ達に近寄り「失礼しますね」と言って、左右の腕に一人ずつ、涼し気な顔でひょいと抱え上げた。


 抱えられた子供エルフは一瞬驚いた様子だったが、すぐに「わー、すごーい!」と楽しそうな声を上げる。


「ご覧の通り、二人は問題ありません。三人目はしがみついて貰わなければなりませんが」


 全く無理してる様子もなく言い放つヘザーに、ナズールド達は「さすがは、セイジ様のお連れの方だ……」と舌を巻く。ややあって、大人エルフの男性が手を挙げた。


「三人目は私にお任せ下さい。戦う事は出来ませんが、力仕事には慣れております」


「それは心強いな。よろしく頼む」


 誠司の微笑みに、男性のエルフも笑顔で返す。次に誠司は、レザリアの方を向いた。


「さて、そうすると必然的に護衛はレザリア君一人になるが、頼まれてくれるかな」


 その誠司のお願いにレザリアは言いよどむ。その感じを察し、誠司が「言ってごらん」とうながすと、レザリアは一礼をし思いを口にした。


「本心を申しますと、セイジ様のお供をするつもりでおりました——」


 みずから行って、仲間を助けたい、誠司の力になりたい、莉奈を守ってあげたい——それが偽りなき本心だ。駄々をこねてでも付いて行きたい。


 だが、今この場面でのレザリアの役割は違う。レザリアは息を吸い、続けた。


「——ですが、これが私の役割と言うのならば、その勤め、立派に果たしてみせます」


「すまないね。だが、君なら安心して任せられる。頼んだぞ」


 誠司の言葉に、レザリアは強く頷く。


「はい、このレザリア=エルシュラントにお任せ下さい。そして、役目を果たした後、必ずやセイジ様の下に駆けつけますゆえっ!」


「そんなに気負うな。君が着く頃には、全て終わってるかも知れないぞ?」


 レザリアの決意に、誠司は苦笑いをする。確かにレザリアは戦力として是非欲しいところだが——時間が許してくれないだろう。


 人身売買の引き渡しが行われるのは明日の夜。あと二十四時間後位には、決着はついてなくてはならないのだから。


 彼らへの指示は終わった。後は動くだけだ。誠司は一人ひとりの顔を見て、告げる。


「——それでは各自、荷物をまとめる様に。以上、解散」






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