月の集落のエルフ達 08 —子守唄—
ヘザーは語る。『厄災』との戦いでエリスが命を落としたこと。
その胎内にはライラがおり、何らかの手段で誠司に引き渡したこと。
ただその結果、今の様な体質になってしまったこと。
そのライラの面倒を見るために、ヘザーがいること——。
話を聞き終え、二人のエルフは絶句する。やがて、その重い口をこじ開け、レザリアが言葉を発す。
「セイジ様……大変なご苦労を……」
「そんなことなら、私達を頼って頂ければ……いや、親愛の情を示せなかった、私達のせいだな……」
ナズールドが
「あなた達が気に病む必要はありませんよ。今はこうして親愛の情を示してくれている、それでいいじゃないですか」
ヘザーがライラの方を見やると、幼い子供エルフが一人、ライラの膝で眠っていた。
ライラは口に指を当て「静かにお話ししようね」と子供エルフ二人に話しかけている。それを見て、ヘザーは思い出す。
「そうそう、リナ。あなたもそろそろ仮眠をとった方がいいのではないですか?」
「そうだね。まだあまり眠くないけど、ここからだと街まで結構歩くんでしょ?」
その莉奈の問いに、レザリアが答える。
「そうですね。夜、発つのであれば……ここからだと、夜通し歩くことになるかと」
「じゃあ、夜まで寝るね。あそこの隅っこのスペース借りてもいい?」
「あ、では布団を!」
レザリアがナズールドの方を見ると、ナズールドはすぐに立ち上がって部屋の隅に積み上げられたものを持ってきた。
「干草のベッドに、草を編んだ布団です。あまり寝心地はいいとは言えませんが、お使い下さい」
「ありがとう、ナズールドさん!」
草布団を受け取った莉奈は、いそいそと部屋の隅のスペースに運び込む。
広げてみると、思っていたよりも大きくて干草もフカフカだった。いい感じだ。
その様子を見届けて、ヘザーはナズールドに話しかける。
「一つ質問ですが——先程のお話しを聞く限り、ここにいるエルフで戦える者はレザリアだけという事で間違いないでしょうか」
「はい、お恥ずかしながら。子供達は言うまでもなく、あそこにいる彼らは農作業や手芸などが専門、私にいたってはもう死を待つだけの年寄りですので……」
そのナズールドの言葉が聞こえ、布団に入ろうとしていた莉奈が興味津々で駆け寄ってくる。
「へ? ナズールドさんが年寄り? へ?」
どう見てもレザリアと同い年くらいに見える。不思議そうな顔をする莉奈に、ナズールドは教えてくれた。
「いやね、エルフは成人してからは外見じゃ歳はとらないんだよ。ただ、もう中身はボロボロ、昔の様には動けない。もう数百年程で私は土に還るだろうね」
「ナズールド、弱気にならないで。人生これからですよ」
遠くを見つめるナズールドに、それを励ますレザリア。エルフの年齢感覚は、莉奈の想像以上にずれていた。
「す、数百年ですか……ご自愛ください……」
そう言って、私にはついていけないと莉奈は布団へと戻った。ヘザーが話を戻す。
「戦える者がレザリアだけというなら、レザリア、あなたも仮眠を取りなさい。あまり眠れていないのでしょう?」
「い、いえ! 私は……」
「いざという時に、万全の調子でいて欲しいのですよ」
「そうだぞ、レザリア。何かあったらすぐ起こすから」
ヘザーの言葉に、ナズールドも同意する。
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて……」
そう言って、レザリアは莉奈の寝ている布団に向かって行った。
——え? 向かってくる?
布団に潜り、目を閉じながらなんとなく会話を聞いていた莉奈は異変に気づく。
「それでは隣り、失礼しますね」と言い、レザリアが莉奈の横に入り込んできた。
「え、ちょ、レザリア!?」
「どうしました、リナ?」
「い、い、一緒に寝るってこ、こと!?」
「?……はい、私たち友人ですから。あ、もしかして、狭いでしょうか?」
「いや、広さは十分だけどさっ!」
「ふふ。よかった。あ、そうだリナ、寝つけない様でしたら子守唄でも歌いましょうか」
「うぅ……よろしくお願いします」
莉奈の手を握り、
エルフの感覚はやっぱりズレている——いや、ズレているのは私なのか?
そう思いながらも、心地よい慈愛に包まれ、莉奈は気がつけば眠りに落ちていったのだった。
†
莉奈が目を覚ますと、隣りにレザリアの姿はなかった。どのくらい寝ていたのだろう。
上体を起こし辺りを見渡すと、既に誠司の姿があった。エルフ達と食事をしている様だ。
莉奈は近くにいるヘザーの方へと向かい、声を掛ける。
「……おはよー、ヘザー。今、何時くらいかなあ」
「おはようございます、リナ。今は夜の八時ぐらいです」
「……あー、ぐっすり眠っちゃったや」
莉奈はそこまで寝るつもりはなかったが、早起きと、『子守唄の魔法』と、あとはこちらに来て初めての『冒険』で緊張していたのだろう。思ったより深い昼寝になってしまった様だ。
「眠るべき時にしっかり眠る事が出来るのは、一つの才能ですよ」
「……褒められてる気がしないなあ。ところでライラは?もう寝たの?」
誠司が起きてるという事は、ライラはもちろん寝ているはずだが、彼女は昼過ぎに起きたのだ。
こんな早い時間に寝ているのが信じられず、思わず聞いてしまう。
「ええ。ライラも状況は分かっていますからね。つい先程、自分に『子守唄の魔法』を掛けて眠りにつきましたよ。子供エルフをなだめるのに手を焼いていましたが」
「ふうん。すっかりお姉ちゃんしてるじゃん、ライラ」
莉奈は嬉しく思う。
当然、莉奈は、自分の後をいつもついてくる『妹の様な存在』としてのライラしか知らない。ライラも、自分より歳下の人物と接するのは初めてだったはずだ。
しかし、案外上手くやれている——お姉ちゃん役の莉奈としては一安心だ。でも、本音を言うと少しだけ寂しくもある。
莉奈がヘザーとそんな話をしていると、莉奈が起きているのに気づいたレザリアが近づいて来た。
「おはよう、リナ。よく眠れましたか」
「そりゃもう、レザリアの子守唄のおかげでぐっすりだよ!」
「そう……それはよかった……です」
莉奈の言葉に、レザリアが顔を赤らめる。それは、素直に褒められた事による照れの証だろう、と莉奈は思い込む事にした。
「さあ、リナ。あちらに食事の用意がしてあります。と言っても、空腹をまぎらわす程度の物ですが。ヘザー様も宜しければどうぞ」
レザリアはそう言って莉奈の手を取り立ち上がらせた。ヘザーは礼をして、レザリアに返答した。
「お心遣い感謝致します。でも、先程も申し上げましたが、私は大丈夫ですよ。先程、携帯食をとりましたので。私の分は皆さんで分け合って下さい。それに——」
そう言って、ヘザーは誠司の方を見る。
「——私の予想が正しければ、あなた方はこれから一晩歩く事になるかも知れません。少しでも力を
「——ヘザー様、それは一体……?」
莉奈の手を握りながらヘザーの言葉の真意を読み取ろうとするレザリア。
莉奈も食事風景を見て、何となくヘザーの言いたい事が分かった。
「なるほどね、確かに誠司さんならそうするかもね。うん、じゃあ行こっか、レザリア」
「え? あ、はい?」
莉奈はレザリアを引っ張り、誠司達の方へと向かった。
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