月の集落のエルフ達 07 —認知—




 少女はいつもの様に自分の身を守る祈りを捧げる——。



 突然の少女の出現に、驚いたのはエルフ達だ。


「誰だ、あの少女は……」「エリス様に似ている……」「実質エリス様だわ……」と、一様にざわつく——いや、実質エリス様ってなんだよ、と莉奈は心の中で突っ込んだ。


 やがて祈りを終えたライラが目を開けた。


 キョロキョロと辺りを見回し、ライラ史上最多の人の集まりにビクッとなる。そんなライラの元に、レザリアが駆け寄りひざまずいた。


「エリス様! エリス様なのですか!?」


「……エリス?……もしかして、お母さんのこと?」


 その言葉を聞き、目の前の少女がエリスの忘れ形見だと悟ったエルフ達が、ザザッと再び平伏する。


「え、え?」とライラが状況を消化しきれない中、レザリアがライラの手を握った。その彼女の目は潤んでいた。


「……ああ、どうりで……ええ、ええ、エリス様の面影がはっきりと……」


「リ、リナぁ……」


 どうしていいか分からず首を回し、ようやく莉奈の姿を見つけたライラが、助けを求めた。莉奈はやれやれとライラに近づいて、レザリアを紹介する。


「ライラ、この人が昨日話したレザリアだよ」


「レザリア! エルフの人だ! 私、ライラ。仲良くしてね!」


「わっ、わっ、私などに勿体ないお言葉……」


 ライラの言葉に、レザリアは恐縮してしまう。気がつけば、周りのエルフ達が羨望の眼差しでレザリアの事を見ていた。


 このエルフ達の崇拝ぶりは、はっきり言って、誠司の時以上だ。


 流石のライラもそんな態度を無下にする訳にもいかず、泣きそうな声で莉奈とヘザーに助けを求める。


(やりづらいよう、リナぁ、ヘザーぁ……)


(そだね……ライラの素直な気持ちを、頑張って伝えてあげれば?)


(……出来るかなぁ)


(ライラ、丁寧に気持ちを伝えてあげれば、きっと大丈夫ですよ)


(う……頑張る……)


 莉奈達との秘密の相談を終え覚悟を決めたライラは、咳払いをし、小脇に抱えてた白い杖をトンと地面に突いた。


 そして、精一杯の威厳をこめてエルフ達に語りかける。えと、丁寧に、丁寧に——。


「あなた達の気持ちは、分かり、ました。私の母をすうはい?、してくれてる、という事も。でも、私はライラ。ライラ=K=パシューア、です。私は、私なんです。偉大なる父と、偉大なる母から、生まれただけの、ただの小娘なんです。えーと、だから、皆さん、私にはそんな態度じゃなく、出来れば、仲良しになって、欲しい、のです。そうしてくれると、私は嬉しい、です」


 たどたどしくも、頑張って自分の気持ちを伝えるライラ。


 その言葉を聞き、エルフ達が驚いた顔をする。静まり返る室内。一瞬の間。後。


 ——ハハーッとエルフ達が平伏した。


 はあ……これはもう駄目かも、と莉奈は天を仰いだ。ヘザーはヘザーで後ろを向き、肩を揺らしている。


 そしてライラは、ヘザーとは真逆の意味で肩を揺らし——


「ああもう! 仲良くしてくれるの? してくれないの? どっち!?」


 ——ついに、ぷんすかと怒り始めた。その様子を見たレザリアが立ち上がり、穏やかな表情でライラに語りかける。


「ライラ様——」


「『様』はなし! 呼び捨てで!」


「ひゃっ!……それでは失礼して……ライラ、あまりの事に私達は驚いてしまったのです」


 レザリアが振り返ると、エルフ達が笑顔を浮かべて立ち上がった。一人のエルフの子供が駆け寄ってくる。


「すごいや! ライラお姉ちゃんはやっぱりエリス様だ!」


 それを皮切りに、残りの子供達も駆け寄ってくる。


「わたし、ライラさ……ライラお姉ちゃんと仲良くするー!」


「僕とも、仲良くして下さい……」


 えっ、どゆこと?と困惑するライラを見詰めながら、レザリアとナズールドは在りし日のエリスの姿を少女に重ね合わせた。


「……驚いたな、レザリア」


「はい。あの日のエリス様と同じ様な言葉を……私達には崇拝ではなく、親愛で接して欲しいと……」


 レザリアは涙ぐむ。エリスもあの時、凛としながらも頬を赤らめ、切々とエルフ達に訴えかけたのだ。


 だが——結局、エリスの望みは叶う事なく、彼女は逝ってしまった。


 しかし、彼女の忘れ形見であるライラから、あの時と同じ言葉が聞けた。


 今度こそ、彼女の望む様に振る舞おう。レザリアとナズールドは、目を合わせ頷いた。







「——『木に花を咲かせる魔法』」


 エルフの少女が魔法を唱えると、洞穴ほらあなの中の、剥き出しになっている木の根に綺麗な花が咲く。


「わあ、すごい! 綺麗だねえ!」


「えへへ……」


「ふふ。この魔法はですね、ライラ。エルフ族に伝わる一般的な魔法なんですよ。今度教えて差し上げますね」



 ——あれから三十分、ライラとエルフ達はすっかり打ち解けていた。


 子供エルフ達はライラに群がり、色々な話をしている。普段の生活や、この森のことや、例えば魔法のこととか。


 レザリアは最初は子供達のお目付役として加わっていたが、今はすっかり馴染んで楽しそうにしていた。


 ナズールドや大人エルフ達も最初は話に加わっていたが、後は子供たちに任せてと、少しだけ距離を置いてなごやかにその様子を眺めている。



「ねえ、お姉ちゃん。僕たちと同じ様なお耳なんだね」


「……お姉ちゃんかあ、えへへ。いいよ、触ってみる?」


 お姉ちゃんと呼ばれ満更でもない様子のライラが、髪をかき上げ耳をピコピコ動かした。


 それを見た子供達は一斉に群がり、ライラの耳を恐る恐る触る。


「すごーい、私たちのお耳よりプニプニしてる!」


「うひゃあ、いっぺんに触らないで! くすぐったいよう!」


「こ、こら! あなた達——」




 そんな様子を離れた所から見守っていた莉奈とヘザーのもとに、ナズールドが近づいて来た。


「申し訳ありません、すっかりお待たせしてしまって」


「いえ、構いませんよ。あの娘は人と触れ合う機会がなかったものですから……こうして仲良くして頂けて、私達も感謝をしております」


 ヘザーが深々と礼をする。ナズールドは「やめて下さい」といい、莉奈達の前に腰を下ろした。


「……エリス様が望まれていたのは、私達とのあの様な光景だったのですね。今更、気付かされました」


「はい。セイジにも同じ様に接してあげると、彼も喜ぶと思いますよ?」


 ヘザーの言葉に、ナズールドは「いや……それは……」と頭をかいた。


 その様子を見て、ヘザーはクスクスと笑う。ナズールドはバツが悪そうに咳払いをした。


「いえ、すぐには無理かもしれませんが、努力致します……。ところで、自己紹介が遅れました。私は、月の集落の長を務めるナズールドと申します」


 そう言えば莉奈達を紹介をすると言っておきながら、誠司は先に寝てしまった。ナズールドの自己紹介を受け、ヘザーが胸に手を当て、軽く頭を下げる。


「私はヘザー。セイジの——従者みたいなものと思って頂ければ」


「なるほど、ヘザーさんですね。そちらのお嬢さんは——」


「私はリナ。誠司さんの実質娘です」


 莉奈は営業用の笑顔を浮かべ、自己紹介をする。当然、ナズールドは、ぽかんとした顔で聞き返した。


「……実……質?」


 ——実質って何だ? とナズールドは必死に考える。


「はい、後は誠司さんに認知して貰えれば」


 ナズールドは、笑顔を浮かべる莉奈と溜め息をつくヘザーの顔を交互に見比べていたが、やがて何やら腑に落ちたようにあごに手を当てた。


「ほほお……『英雄、色を好む』と言いますしなあ。なるほどなるほど、さすがはセイジ様。しかし、認知しないというのは……」


「リナ、後でセイジに怒られますよ」


「ええー、解釈次第では嘘はついてないじゃん」


 口をとがらす莉奈。そのタイミングで、こちらの様子を伺いに来たレザリアが話に加わる。


「ナズールド。リナはセイジ様と同じ世界から来た、セイジ様と共に暮らすご家族なのですよ」


「——セイジ様と同じ世界から……?」


 ナズールドは驚き、まじまじと莉奈を見る。莉奈はすかさず営業用スマイルを浮かべる。


「——いや、失礼。てっきりセイジ様とヘザーさんのお子様かと。しかし、一緒に暮らしているのなら、確かにセイジ様の娘も同然だな」


「そう。そして私の友人でもあります。リナに失礼を働いたら、ナズールドとはいえ容赦はしませんよ?」


 そう言ってレザリアは莉奈の隣に座り、莉奈の手の上に自分の手を重ねた。


 莉奈は少し照れくさかったが、顔に出さない様に頑張る。


「そうか、随分仲良くなったんだね。分かった、肝に銘じるよ。ところで——」


 ナズールドはライラの方を見る。子供達に身振り手振りで楽しそうに何かを話しているライラが目に入った。


「——セイジ様は? 突然の事で聞けずじまいでしたが、私にはセイジ様がライラに変わった様に見えましたが……」


「はい、私にもその様に……セイジ様は一体どちらへ?」


 ナズールドとレザリアが疑問を口にする。当然の質問だ。


「——私の知っている範囲で説明しましょう」


 その疑問を解消すべく、ヘザーが口を開いた——。





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