異世界チュートリアル 06 —スキル練習—




 そっか忘れてた。私、もしかしたらスキルが使えるんだっけ。鎌柄かまつかさんの見立てでは『飛ぶ』に関するスキルではないか、ということらしいが……。



 私はヘザーさんにズルズルと引きずられながら考える。いや、ヘザーさんも大概だな。


 そんな私達の後ろをライラが「スキル? すごい! スキルってなあに!?」と言いながらついてくる。


 せっかくならライラに格好いいところを見せてあげたいところだ。



 玄関から外に出た私は、改めて異世界の景色を眺める。


 一見したところ元の世界とあまり変わらないように思えるが、よく見ると全体的に色合いが違う。どことなく鮮やかなのだ。


 それと、口で説明するのは難しいが肌で感じる空気感が違う。


 朝食の時に聞いた話だが、この世界には魔法を使う上での源となる『魔素まそ』たるものに満ちあふれているらしい。空気感の違いはそこからくるものだろうか。


 私は振り返って今出てきた家を眺める。二階建てのロッジ風のやや大きめの建物で、その後ろには切り立った岩壁いわかべがそびえていた。


 そして庭には最低限の手入れがされているだろう花畑が淡い光をたたえている。


 先程の妖精はいないものかと辺りをぐるりと見回してみたが、今はいないようだ。


 森の外れ、小高い丘の上に位置するこの場所からは広大な森が一望出来る。


 鎌柄さんのスキルの索敵範囲がどの程度かはわからないが、見つけて貰えたのはかなり運が良かったのかも知れない。




 あんぐりと口を開け私が景色に見惚れていると、ヘザーさんが咳払いをした。


「リナさん。出来そうでしょうか」


「え。うーん、はい、やってみます……」


 飛ぶ、といってもイメージが湧かない。何しろ今まで自発的に空を飛んだ事などないのだ。


 でも、さっきから表情こそ平静を装っているものの絶対に何かを期待しているヘザーさん。


 そして拳を握りしめ固唾かたずを飲み、真剣な眼差しで見守るライラを見ると頑張らなきゃなと思う。



「では……いきます……」



 私は神経を集中させる。



『飛ぶ——とぶ——飛べ——とべ——』



 お腹に力を入れ、身体を宙に浮かすイメージを思い浮かべる。



 ふわり。



「え?」


 私の身体が少し浮いたのを感じた。え、本当?


「わ、わ、わわ」


 私は初めての感覚にどうしていいか分からず、手足をジタバタしてしまう。数秒後——。


 ——バランスをたもてなくなってしまった私は、ズデンと勢いよくお尻から着地してしまった。


「痛てててて……」


 どうしよう、恥ずかしい。


 恐る恐る二人の方を見ると——二人とも固まっていた。


 あ、これ笑われるやつだ。そう覚悟したが、思ってもいない反応が二人から返ってきた。


「大したものですね……リナさん」


「ねえ、今浮いたよね? ふわりって浮いたよね? すごい! お尻大丈夫?」


 そう言って、二人は私の方に駆け寄ってきた。ライラは私の腕を両手でつかみ、起こしてくれようとした。


「ありがとう、ライラ。大丈夫だよ」


 私もライラの手をつかみ返し、立ち上がる。


「いやあ、恥ずかしいとこ見せちゃったね……少し浮き上がっただけだったし——」


「何を言ってるんです!」


 照れ隠しの口上を述べようとした私の台詞を、ヘザーさんがピシャリとさえぎる。


 慌ててヘザーさんの方をみると、目をキラキラさせながら興奮している様子が見てとれた。


 その様子からして、私は特別な何かをやってしまったのだろうか、と少しドキドキしてきた。もしかして史上初の偉業だったりして——。



「コホン。失礼しました。いいですか、リナさん。この世界には『空を飛ぶ魔法』というものが存在します」


 なんだ。あるんだ。


「ただ、その魔法はあまり実用性が高くなく、高位の魔術師が趣味で習得するという範囲にとどまっているのです」


 趣味かあ。私は少し悲しくなってしまった。


「『空を飛ぶ』ってこの世界では趣味の範囲内なんですね……」


 せっかくのスキルなのになんであの時もっと別の事を考えなかったんだろう、と悔やんでしまう。だが、ヘザーさんは優しく私に語りかける。


「趣味の範囲、というのは魔法で空を飛ぶのは割に合わないから、という意味ですよ」


 ヘザーさんは空を見上げた。私もつられて天を仰ぐ。綺麗な青空だ。降り注ぐ日差しに私は目を細める。


「人は誰もが空に憧れます。それなのに何故『空を飛ぶ魔法』が趣味の範囲内なのか、実用性が高くないのか。それは、例えば習得難度が非常に高い、例えば詠唱に時間がかかってしまう、例えば飛んでいる間は大量の魔力を消耗し続けてしまう、などの理由が挙げられます」


「それって——」


 何となく、ヘザーさんやライラが驚いていた理由がわかってきた。


「ええ。『空を飛ぶ』という点に関してリナさんは『超上級魔法を』『無詠唱で』『魔力を消費せず』行うのと同等のことが出来るのです」


 まあ、練習は必要そうですけどね——とヘザーさんは付け加えた。


「そうだよ、すごいんだよ! リナから全然魔力感じなかった、どうやったの!?」


 さっきから何か言いたくてウズウズしていたライラが待ちきれないと口を開く。


 朝食の時にも感じたが、この娘はおしゃべりだけど基本人と人との会話に無理矢理割り込んでくる事はしない。いい娘だ。ヘザーさんの教育の賜物たまものだろう。


「スキル、って言うらしいよ。こっちの世界に来る時に考えてたことが力? になるみたい。私もよくわからないけど」


「すごい! ねえヘザー、私も空飛びたい!」


「そうですね。セイジからお願いされている魔法を全部使いこなせるようになったら考えてあげますよ」


「えー、じゃあまだまだ先だあ……」


 がっくりとうなだれたライラをみて、自然と笑みが溢れる。だが、すぐに立ち直ったライラは目を輝かせ、私を見た。


「ねえ、リナ! いつか一緒にお空飛ぼうね、約束だよ!」


「うん、わかった。約束するね」


 空を飛ぶスキル。でも、今の『ふわり』と浮くことが出来るだけの私では飛べないのと一緒だ。練習しなくては。


 そして——いつか、ライラと一緒に空を飛びたいな。


 私はもう一度空を見上げた。






 

 それからしばらく、二人に見守られながら私は必死に浮かび降りる練習をした。


 ヘザーさん曰く、


「『空を飛ぶ』魔法を習得した者は、まず降りる訓練をするみたいです。ゆっくり浮かび、ゆっくり降りる。万が一不測の事態で落ちた時でも、無意識で対処出来るように、降り方を身体にしみ込ませるのです」


 とのこと。ごもっともだ。さっきの尻餅を思い出す。


 もしも今の私が間違って高く飛び上がってしまったとしたら、確実にパニックになって落下する自信がある。


 そんな訳で、ゆっくり浮かびゆっくり降りる——最初は数センチ、次も同じくらい、確実に降りられる自信がついたら息を整えさっきよりも数センチ上げる——という練習を繰り返していた。


 例えるなら玉乗りとか一輪車とかの感覚だろうか。バランスを取るのに苦労する。


 ヘザーさんは少し離れた所から私を見守り、ライラは私の周りをグルグル回って「おー」とか言ってる。



 ——そしてかれこれ数時間、慣れない感覚に神経をすり減らしながらも私は一メートルぐらいの高さまで浮かび上がることが出来た。


「どう、ライラ! 今までで一番高いよ!」


 少し及び腰で情けないが、ずっと見守ってくれた少女に自慢する。


 ライラは感銘を受けた様子で、パチパチと胸の辺りで手を叩いた。


「すごい! ここからでもパンツ見えるよ!」


「ふえっ!?」


 慌ててスカートを押さえる——いや、見えてるんだろうなあとは思っていたけどさ、いたけどさ。


 思ってもない言葉にワタワタしてしまい、バランスの取れなくなった私はまたもやお尻から落下してしまい……ドスッという鈍い音が響き、ライラがキュッと目を瞑る。


「痛ったぁーい……」


 私の呻き声で我に返ったライラが慌てて駆け寄ってくる。


「リナ! 大丈夫? 大丈夫!?」


「大丈夫……だよ、少し痛いけど……うー」


「ライラ、回復魔法を」


 同じく駆け寄ってきたヘザーさんの言葉と同時に、ライラの詠唱が始まる。


「————『————————』」


 その瞬間、私の腰の痛みが瞬く間に消え去った。


「——すごい、これが回復魔法……」


「リナさん、大丈夫でしょうか。痛みはなくなったとは思いますが、いい時間です。今日はこれくらいにしておきましょうか」


「あ、そうですね。ライラの魔法のおかげで痛みは全くないです。すいません、ちょっと熱中しすぎちゃいました」


 気がつけばお昼も過ぎた時間だろう。その間、二人はずっと私のことを見守ってくれていたのだ。


「ごめんね、ライラ。退屈だったでしょう?」


 そう言ってライラの方を向いたが、ライラは口を一文字にしてじっと私を見つめていた。


 不思議に思い「どうしたの?」と私が聞くと、ライラはようやく口を開く。


「ごめんなさい、ごめんなさい! 落ちたの私のせいだよね……」


 そう言ってじわっと目に涙を溜めた少女は、私と目を合わせられずにうつむいてしまった。


 気にしなくていいのに。私はそんな少女を引き寄せ、軽く抱きしめた。


「違うよ、ライラのせいじゃない。それどころかライラの魔法に助けられたよ。私、もっと練習しなくちゃね」


「本当?」


 私はライラの背中をポンポンと二回叩き、両肩をつかんで引き離す。


「本当だよ。それでね、ライラ」


「なあに?」


 まだ少しぐずついているライラに問いかける。


「あの、パ……下着ずっと見えてた?」


「うん、どんどん見えるようになっていったのが楽しかった」


 そっかあ。ライラが途中で「おー」って言ってたのはそういうことかあ。


「ヘザーさん」


「なんでしょう?」


 私はとびきりの笑顔を作り、こう言った。


「ズボンとかタイツってこの世界にありますか?」





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