異世界チュートリアル 05 —ライラ②—
†
「——と言う事なのです。ライラがこの世に産まれた時から、ずっと」
ヘザーさんから聞いた話を、私は頭の中で
ライラが寝ている間は鎌柄さんはこちらの世界に出てこれるが、ライラが起きている時は鎌柄さんは『空間』という場所で休んでいるらしい。
そして、ライラは『空間』は認識していないとの事だ。つまりライラは、純粋に寝ている間だけしか『空間』にいないのだ。
ちなみに、鎌柄さんはライラを起こすことは出来るらしい。先程のように。逆に強制的に眠らせることは出来ないそうだ。
寝ている子を起こすのは簡単だが、起きている子を瞬時に寝かしつけるのは難しい、という理屈らしい。
私は気になった事を聞いてみる。
「あの、質問いいですか」
「どうぞ」
「産まれた時からずっと、と言ってましたけどライラが赤ちゃんの時ってどうしてたんですか」
当然の疑問だ。人は赤ん坊の時は一人では生きられないのだから。ただ、これについての答えは予想出来ていた。
「そのための私です。私はライラが産まれてからずっと、微力ではありますがライラの養育を任されているのです」
やっぱりだ。ヘザーさんは育ての母と言ったところか。しかしそうなると産みの親、つまり鎌柄さんの奥さんはどうしたんだろう。
どのような理由にせよ、こちらから聞いてはいけない
「ヘザーが私のお母さんみたいなもんだもんね——ねえ、ヘザー」
「はい」
「お父さんと結婚しないの?」
大人しく話を聞いてたと思ったらこれだ。会話に参加したライラは、他人の前で話すにはセンシティブであろう話題をぶち込んできた。
私は勝手にヒヤヒヤしていたが、ヘザーさんは涼しげな笑顔でこう答えた。
「私にそのような感情はありませんよ。この家でのんびり本を読ませて頂けるだけで、十分幸せですので」
「えー。絶対お似合いだと思うんだけどなあ」
「さて、いい時間です。少し遅くなりましたが朝食にしましょう」
ヘザーさんはライラの追求をやんわりと受け流し、席を立った。
「リナさんはセイジと同じ所からやって来たんですよね。なら、食文化に大きな違いはないそうなので同じものを用意しますね」
——では、といいヘザーさんは部屋を後にした。
「ちえっ、すぐ逃げるんだから」
口をとがらせて拗ねているライラに、私は思い切って聞いてみる事にした。
「ねえ、ライラ」
「ん、なあに?」
「ライラは産んでくれたお母さんのことはどう思ってるの?」
聞いていいものか、母親の愛を受けられなかったこの子は母親にどんな感情を抱いているのか、我ながら嫌な質問だ。
言ってしまってから、十二の子に何を聞いているんだろう、と自己嫌悪に襲われる。
しかし、ライラはあごに指を当ててしばらく考え込んでいたが、やがてあっけらかんと答えた。
「わかんないや!」
それは苦悩のすえの『わからない』ではなく、本当に『わからない』といった感じだった。
「写真でしか見たことないから。ヘザーもお母さんに何があったか教えて貰ってないみたいだし。ねえ、リナはリナのお母さん好き?」
心がチクリと痛む。
「私は……お父さんもお母さんも、いないんだ」
「そうなんだ。じゃあ私と一緒だね」
違う。違うんだよ、ライラ。この場所には多分愛がある。私の場所にはなかった。
だが、不思議と嫉妬はしなかった。ライラの人柄のせいだろうか。
会ったばかりだけど、この無垢な少女には幸せになって欲しいと心から思う。
「そうだ! ならリナ、私のお姉ちゃんになってよ!」
「へ?」
ライラはものすごい名案を思いついたかの様に、長い耳をピコピコさせながら私に顔を近づける。
「前からお姉ちゃんがいたらなあ、って思ってたんだ! いいでしょ? 決まりね!」
「ちょっとストップ、ストーップ、ライラ!」
もう決定事項かのように立ち上がり、胸の前でパチパチと拍手をするライラを慌てて止める。
「ん?」
例によって笑顔で小首を傾げるライラ。そのいい笑顔に、私はしどろもどろになってしまう。
「え、だって友達になって欲しいとは言われたけど突然姉妹だなんて、そりゃ、私も『妹いたらなー』とかは思ったことあるけど、え、待って、ってことは私、鎌柄さんの娘? お父さんが鎌柄さん?」
などとブツブツつぶやいていると——
「嫌じゃないなら決まりだね! あと、お父さんは『カマツカサン』じゃなくて『セイジ』が名前なんだよ。すごい! 私の方が詳しい!」
——と、よくわからないマウントを取ってきた。
「ライラぁ、あのね、鎌柄……誠司さんやヘザーさんの意見も聞かないとね」
「大丈夫だよ。ヘザーはともかく、お父さん私に甘いから!」
私が疲れ果ててそう言うと、ライラはしれっと言ってのけた——親バカ利用されてますよ、鎌柄さん。
まあ、形だけのものだろう。この場はとりあえず「わかった、わかったから」と了承すると、ライラは「やったあ!」と耳をピコピコさせ、飛び跳ねて喜ぶのであった。
「そう言えばライラって耳長いよね。お母さん、エルフだったのかな?」
ファンタジーと言えばエルフだ。
私の中のエルフ像では、エルフはもう少し落ち着きのある種族だと思っていたが。未だに部屋の中をピョンピョン飛び跳ねているライラに聞いてみてみた。
「『エルフ』?」
ライラはそのままの姿勢でピタッと止まり、私を向いて首を傾げる。しばらく考え込んでいたが、やがて何かに思い当たったようだ。
「ああ、エルフさん! この森にも住んでるって聞いたことある! 私、まだ会ったことないんだあ」
そう言ってライラは、ニコニコしながら自分の元いた席にポスンと座る。
日本語が
「えっとね、お母さんエルフじゃないよ。お母さんね、魔族なんだって!」
魔族? 勝手なイメージで申し訳ないが、魔族と聞くと『悪い奴』という印象がある。目の前の純真無垢な少女からは想像できないが。
「だから私はハーフデーモン? なんだよ、えっへん!」
ライラは腰に手を当て、ふん反り返った。それは凄いのか? とりあえず私は合わせてあげる事にする。
「すごいんだね、ライラ。ねえ、魔族ってどんな種族なの?」
私が聞くと、ライラは待ってましたと言わんばかりに鼻を鳴らし、教えてくれた。
「よくぞ聞いてくれました! まずね、魔法がすごい! ってヘザーが言ってた」
魔法、と聞いて私のテンションも上がる。
「ライラも魔法が使えるんだ! すごいね。他には他には?」
「えっとね、うんとね……あ、耳が長い!」
どうやらここで打ち止めらしい。後で魔族についてヘザーさんにでも聞くとしよう。
†
朝食が来るまでライラから色んな話を聞いた。表情をクルクル変えて一生懸命話すライラがとても可愛かった。
途中から朝食を持ってきたヘザーさんも交え、この世界について色々教えて貰う。
この家は大陸の最西端、西部の深い森の奥に位置し、周囲に他の人間は住んでないそうだ。
森に魔物と呼ばれる存在はいるが、周囲に張ってある結界によって寄り付けなくなっているとのこと。
ただ、その結界のせいもあり、例え人間であってもこの家に辿り着くのはこの家の存在を知っている人でないとまず無理らしい。
買い出しとかどうしているんだろうか。すべてが自給自足で
私は、朝食で出されたサンドウィッチを頬張りながら質問する。
「本当にあっちと変わらない食材使ってるんですね、とても美味しいです。この食材ってヘザーさんが買い出しに行ってるんですか?」
「いえ、週に一度、ノクスさんという方が運んできてくれます。なんでもセイジとは古い知り合いだそうで」
お世辞抜きで美味しい。中に入っている具材はベーコン、レタス、トマト。
こっちでも同じ名称かはわからないけど、見た目や食感は私の知っているそれと全く一緒だ。
これなら私にも、食事の面でこの家で役に立てることがあるかも知れない。
そして、ライラの魔法。
彼女が現れた時に何か祈りの様なものをつぶやいていたが、どうやらあれは魔力を限界まで絞り出した防御魔法ということだ。
他にどんな魔法が使えるか聞いてみたところ——
「んとね、ケガを治す魔法でしょ、あとは毒を無くす魔法に、それからそれから……」
どうやらヒーラー系の魔法を主軸に使えるようだ。
ヘザーさん
特に入れ替わり直後の防御魔法を最優先に、と。鎌柄さんのライラへの想いがひしひしと伝わってくる。
まあ、当のライラは「私は『ドカーン』とか『バビュビュビュビューン』とかも覚えたいんだけどなあ」と、どこ吹く風だが。
それにしても、二人とも日本語が流暢すぎる。立板に水、とまではいかないにしても、基本的に言葉で会話に詰まることがない。何故そこまで話せるのか聞いてみたところ——
「私ね、いつかお父さんと日本語でお話ししたいんだ!」
——とのことだ。とても健気である。ヘザーさんはそれに付き合わされた形になるが、どうやら満更でもないらしい。
†
私達は朝食を食べ終え、紅茶を飲みながらライラの『お父さんはすごい!』話を聞いていた。鎌柄さんは会えないなりに苦心してコミュニケーションを取っているようだ。
そんな中、ヘザーさんが私の方をチラチラ見てるような気配を感じた。ヘザーさんの方を見ると彼女は何事もなかったかのようにライラの話を聞いている——気のせいか?
気にしてもしょうがない、と私は紅茶を飲み干した。そのタイミングで——ヘザーさんは待ってましたと言わんばかりに立ち上がり、早口でこう言った。
「さて、リナさん。さっそく庭へ出てスキルの検証をいたしましょう。さあ、早く」
——ヘザーさんの目がキラリと光った。
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