異世界チュートリアル 04 —ライラ①—
——中年男性が少女に変身する。
どんな状況だ、と、こめかみに指先を当てて考えてみる。この世界の魔法なのか、それともスキルか。
何をしたのかはわからないが先程の話しの流れから察するに、目の前の少女がライラという娘さんなのだろう。
白いローブを身に
何となく邪魔をしてはいけないと思い、私は少女を黙って眺めていたが、あることに気付いた。
耳が長い。
サラサラとした美しい銀髪からはみ出して見える耳が人間のそれよりも長く、物語のエルフという種族を連想させる。鎌柄さんの娘だとしたら、ハーフエルフという事になるのだろうか。
程なくして少女は祈りを終え顔を上げる。必然的に私と目が合った。
『私』という見知らぬ人物を認識したであろう少女は目をまんまるにし、パチクリと二回
少女がキョロキョロと辺りを見回したタイミングで、いつの間にかすぐそばまでやってきていたヘザーさんが、空いている椅子に腰を下ろした。
そして少女と、恐らくこの世界のものであろう言葉を交わし始める。多分、私のことを説明してくれているのだろう。
ヘザーさんと会話を続ける少女は次第に顔がぱあっと明るくなり、嬉しそうにこちらを向き話しかけてきた。
「お姉さん、お父さんと同じ世界から来た人なんだ!」
日本語だ。やはりこの世界は日本語が共通語なのでは、と淡い期待を
「ライラ、まずは自己紹介を」
「あ、ごめんなさい! 私、ライラって言います。十二歳です」
ヘザーさんにたしなめられ、少女は慌てて自己紹介をし頭を勢いよく下げた。ガンッとテーブルに
「あの……大丈夫?」
心配して声をかけたが、彼女は「何が?」と笑顔で小首を傾げる。
ヘザーさんも全く意に介した様子がないので、もしかしたらこの少女の日常風景なのかもしれない。私もとりあえず気にしない事にし、自己紹介をした。
「私はヒシバナ・リナ、十五歳。ええと、日本というところから来て……」
「お父さんと同じ国なんだよね! ヒシバナリナってどういう風に書くの?」
グイグイくる。話したくて話したくて仕方がないみたいだ。正直、何を話したらいいのだろうと頭を悩ませていた私にとっては、とてもありがたい事だ。
私は先程名前を書いた紙を引き寄せ、自分の名前の部分を指先で丸く囲みながら説明した。
「えっとね、漢字だとこう書くんだけど……こっちがヒシバナでこっちがリナ。漢字ってわかるかな」
「漢字のお名前だ、すごい!えっとね『
大したものだ。私は『日本語って文字がいっぱい』でテストで苦労したというのに。
「そうだよ、莉奈が名前だよ。詳しいんだね」
「うん、いっぱいお勉強したから。それじゃあお姉さんのことはリナって呼ぶね、よろしく!」
「こちらこそよろしくね、ライラ。ところで一つ聞きたいことがあるんだけど、いいかな」
「なあに?」
ライラの勢いに圧倒されて後回しになってしまったが、まず真っ先に聞きたかった事を質問する。
「私の見間違いじゃなければ、鎌柄さん——お父さんが一瞬でライラに入れ替わったように見えたんだけど……どうゆうことなのかな」
魔法やスキルで瞬間的に入れ替わった、という
実はライラは鎌柄さんが変身した姿で、鎌柄さんの『
自分をライラだと思い込んでいる鎌柄さん——だとしたらなんかショックだ。
その質問を受けたライラの表情に陰りが差した。答えづらい事を聞いてしまったかと危惧したが、ライラが表情を曇らせたのは別の理由だった。
「そっか。リナはさっきまでお父さんとお話ししてたんだよね。いいなあ」
「うん、色々教えて貰ってた……けど」
「あのね、私、お父さんに会ったこと一度もないんだ」
「一度も……?」
先程は色々と失礼な想像もしてしまったが、結局は何らかの力でお互いの場所を入れ替えただけだろうと思っていた。
だが、一緒に住んでいるのに会ったことがないというライラの言葉を信じるなら——。
「それに関しては私から説明しましょう」
私達のやり取りを静観していたヘザーさんが、口を開く。
「ライラとセイジが会ったことがない、と言うのは本当です」
差し込む朝日を背にし、ヘザーさんは語り始めた——。
†
誠司が目を開けると、そこにはいつもの見慣れた空間が広がっていた。暗く、何もない世界。
静寂だけがこの場を支配している。寝ている時、夢を見ていない時間の世界はこんな感じなんだろうな、と誠司は度々思う。
いつもの様にすぐに寝てしまおうと思ったが、今日の誠司は気分がいい。暗闇に向かい声を掛けた。
「おい、管理者。いるか」
誠司が呼び掛けると、暗闇の中から一人の人物が現れた——いや、人の姿をしているだけの者を人物と称していいものかはわからないが。
長い緑髪を後ろで束ね中性的な顔付きをしたソレは、杖を鳴らしながらゆっくりと誠司に近づいていった。
「いるよ、いつでも。僕はこの場の概念そのものだからね」
やがて誠司の前まで来たソレは、誠司に
「それにしてもセイジから話しかけてくるなんて珍しいね。何かあったのかい?」
「今日、私の世界から一人、新しい人物がやってきた」
「へえ。それはどんな人なんだい?」
「ライラの少し年上の少女だ。ライラと仲良くしてくれると嬉しいんだが」
「なるほどね、それでセイジはいつもよりご機嫌なんだ」
「いや、そういう訳では……」
誠司は莉奈のことを思い返す。同胞が来たこと、なによりライラと歳の近い女性ということは素直に嬉しい。
ただ、彼女があちらの世界でどんな生活をしていたのかは分からないが、本人の意思に関わらず突然この世界に引き込まれてしまったのは気の毒に思う。
「そうかあ。ついにライラちゃんにも友達が出来るかもしれないんだ」
「ああ、この身体のせいでうかつに森の外へ出ることが出来なかったからな。あと『ちゃん』付けはやめろ」
「あの子が胎児の時から見守ってきたからね、そのくらいは許してよ『お父さん』」
「こっちは写真だけでしか見たことないっていうのに、クソ、羨ましい」
言葉とは裏腹に誠司の顔は嬉しそうだった。まるで旧友との他愛の無い会話のように。
管理者と呼ばれる存在がライラを胎児の頃から見守って来た時間と同じくらい、誠司も管理者と付き合ってきたのだから。
「まあ、そうは言っても僕は彼女と話せる訳ではないからね。僕と会話が出来る君の方が規格外なんだよ。それに——」
管理者と呼ばれる存在は一呼吸置き、真顔で言葉を続ける。
「——この身体のせい、と君は言うけれどああでもしなきゃライラちゃんは胎児のまま死んでいった。君はよくやっていると思うよ、セイジ」
「……いや、ライラに不自由な思いをさせてしまっているのは事実だ。もう何年かすればライラも一人で生きて行けるだろう。何度も確認するようで申し訳ないんだが——」
誠司の続く言葉を察し、管理者と呼ばれる存在はまたその質問か、と顔をしかめる。
「——私が死ねば、ライラは普通の身体に戻れるんだよな」
「何度も答えるけどね、セイジ。この状態が『設計』の想定外の使われ方をしてる以上確約は出来ない。出来ないけど——この場を管理している僕の考えでは、間違いなく君が死ねばライラちゃんは解放される。逆も
だけど——と、管理者と呼ばれる存在は続ける。
「もう、僕らも長い付き合いだ。友人として忠告させて貰う。その選択はして欲しくないな、セイジ」
「ああ、出来るだけ方法は探すさ。ただ、今となってはライラの幸せが一番だ」
そう言って誠司は横になる。程なくして、誠司の寝息が聞こえてきた。なんだかんだ疲れていたのだろう。
それを見ながら管理者と呼ばれるソレは思う。
(ライラの幸せが一番、ね。だったらやっぱり君は死ぬべきじゃないよ)
管理者と呼ばれる存在は立ち上がり、幾度となく見ている光景を思い出す。
(知っているかい、セイジ。ライラが寝言を言う時は決まって君の事なんだぜ。『お父さん』って、涙をこぼしながらね)
願わくばこの家族が不幸な選択をしないよう——。
そう願いながらも『道具』としての役割しか果たせない自分を歯がゆく思いながら、管理者と呼ばれる存在は暗闇の中へと消えていった。
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