異世界チュートリアル 03 —スキル—
友達。学校ではおしゃべりしたりふざけ合ったりする程度の仲の良い子はいた。
ただ、生活に必死だったためプライベートで付き合いのある子は
「友達ですか……構いませんが、私につとまるかどうか……」
出来ることはする、と言った以上努力はしてみるが——クセの強い子じゃないといいけど。
「なに、そんな気負う必要はない。名前はライラ、年齢は十二歳だから……
「あ、そうです、私は今、十五なので三つ下ですね」
ふと、あることが気になり質問を投げかける。
「
「ああ、そうだ」
鎌柄さんは短く返事をすると、戸棚に飾ってある写真立てに目をやった。私もつられてそちらに目を向ける。
そこには鎌柄さんの若い時であろう姿と、同い年くらいの女性の姿が見てとれた。
私は、もしかしたらヘザーさんと結婚しているのかと思っていたが、どうやら違ったらしい。
写真は少し古ぼけていてここからだと細部がよく見えなかったが、この人もヘザーさんに負けず劣らず綺麗な人なのは間違いない。
「綺麗で——なんて言うんだろう、神秘的な方ですね」
私は、思ったままの感想を口にした。
「そうだろう、自慢の嫁なんだ」
言葉とは裏腹に、鎌柄さんは微笑みながらもどこか寂しい表情を浮かべていた。
なんとなく、これ以上踏み込んではいけないと感じた私は話題を戻す。
「それで、ライラさんはどちらに——」
「ああ、一通り君への説明が終わったら起こすから待っててくれ。まずは菱華さんの疑問や不安を解消することを優先しようか」
「わかりました、ありがとうございます」
私は手でミルクの入ったカップを回しながら次の質問を考える。まだまだ聞きたい事はいくらでもあるのだから。
「鎌柄さん、この世界はどういったところなんでしょう」
「ふむ、当然の質問だな」
鎌柄さんは視線を宙に泳がせ、何処から話せばいいか、と思案しているようだった。
「菱華さんは異世界作品をよく観ていたんだったよね」
「はい、有名なものは一通り観たと思います」
「うん、だいたいあんな感じだ。まず先程話したように魔物がいる。更に、知恵を身につけた魔族と呼ばれる存在もいる。それに、数は少ないが有名どころだとエルフやドワーフなどの人間と同等、あるいはそれ以上の知性を持つ異種族もいる」
——良い奴も悪い奴もいるがね、と鎌柄さんは付け加えた。
「先程見た妖精はとても綺麗でした。あれも知性を持った異種族なんでしょうか」
さっきの幻想的な光景を思い返し、私は期待を込めて聞いてみる。会話が出来たらどんなに素晴らしいだろう。
「ああ、あれは元の世界で言うところの鳩みたいなもんだ。すぐに見飽きる」
……身も
そこでふと、疑問が
「あの、鎌柄さん、さっき四十年近く前にこちらに来たと言ってましたよね?」
「ん、正確には三十七年前かな」
「その三十七年前って異世界を題材にした作品ってあったんですか?」
私も詳しくは知らないが、異世界ものが流行り出したのはそこまで古くはないはずだ。
異世界という設定を扱った作品はあったろうけど、誰も彼もがこのファンタジーじみた世界を異世界と呼称するだろうか。
「うん、いい質問だ」
鎌柄さんはニヤリと笑う。
「菱華さんはアニメはどの端末で観てた?」
「はい、タブレット……と呼ばれるもので観てました」
通じるかどうかはわからないが。
「今は動画配信サービスもアプリも充実しているしね。個人でも気軽に撮影してアップロード出来てしまう」
「よくご存じ、で、え?」
何かおかしい。この人は三十七年前に来て、私ともこんなに歳が離れているのに——どういうこと?
そんな困惑している私を見て、鎌柄さんは申し訳なさそうに笑う。
「いや、すまない。入学式と聞いて確信はしてたんだが、間違いないようだ。君は——」
鎌柄さんは一息入れ、言葉を続ける。
「——二〇二五年の四月七日から来たんじゃないかな?」
血の気が引いた。彼の言う通りだった。待って、という事は——。
「鎌柄さん、もしかして……」
「ああ、私も、もう一人の彼も、同じ日に『穴』に吸い込まれてこちらの世界にやってきた。ただ、転移先の時間が違った、ってだけの話さ」
奇妙な感じだ。鎌柄さんは私より十年先に生まれ、六十二年生きた、二十六歳程年上の人である。頭がこんがらがる。
「てっきり昭和の人だと思っていました」
「ひどい話だねえ」
鎌柄さんは口ぶりとは別に、気にした様子もなく軽く笑った。
「という訳で、私は君と同じ時代を生きていた人間だ。異世界作品もそれなりには観ていたよ」
「そうだったんですね……何か別の時間に飛ばされる条件とかあったんでしょうか」
同じ日に飛ばされたのに、別々の時間に転移する。普通なら場所はともかくとして、同じ時間軸に飛ばされそうなものだが。
「それについてはわからないな。何かルールがあるのかも知れないし、ないのかも知れない。好奇心が
まあそこに関しては現状を受け入れるしかないな、と鎌柄さんは
しかし、何十年もズレる条件、条件か——もしかして、年齢とか?
すっかり考え込んでうんうん唸っている私を気遣ってか、鎌柄さんは話題を戻す。
「ん。それであとは……異世界と言えば、菱華さんは魔法には興味あるかな」
「魔法! あるんですね!」
私だって物語を夢見る年頃の女の子だ。魔法と聞いて胸が躍らないわけがない。思わず身を乗り出してしまった。
今日一番の食い付きを見せた私に、鎌柄さんは身体を軽く
「おう、あるぞ。と言っても転移者だからといっていきなり凄い魔法が使えたり、とかはないと思うが」
「どうやったら使えるようになるんですか!」
キラキラした目で鎌柄さんを真っ直ぐ見つめ続けると、鎌柄さんは襟を正して語り始めた。
「申し訳ないが
私はじっと耳を傾ける。
「ただ、難しい曲を弾きこなし一流と呼ばれる存在になる為には、幼少期からの努力と素質がどうしても必要になる。魔法もそれと似たような感じだ」
そうか、仮に素質があったとしても、今までピアノを知らなかった人がちょっと練習しただけで名曲を奏でられる訳がない。
先程まで『全属性がー』とか『無詠唱がー』とかを考えていた私の夢は打ち砕かれた。
ガックシと肩を落とした私を見て、鎌柄さんは優しく声をかけてくれた。
「そう肩を落とすな、菱華さん。さっきも言った通り、本気で練習すれば簡単な魔法なら使えるようになるから」
例えば——と言い、鎌柄さんは人差し指を立て何かをつぶやき始める。しばらくして、鎌柄さんの指先が光の球体を
「これは……」
私は、目を見張った。
「見ての通り、暗闇を照らす魔法だ。夜、異世界に飛ばされた女子高生を捜す時に役に立つ」
鎌柄さんは口角を上げる。そうか、倒れていた時に感じた灯りの様なものはこれだったのか。
「簡単な魔法も捨てたもんじゃないぞ」
私の目に光が戻る。
「わかりました! 私に魔法を教えて下さい、頑張ります!」
「その意気だ。せっかく異世界に来たんだからな、あっちじゃ経験出来ない事はどんどんやってみた方がいい。ヘザー、聞いての通りだ、ライラを見るついでに彼女に魔法を教えてやってくれ」
鎌柄さんの呼び掛けに、ヘザーさんは本から視線を外しペコリと頭を下げた。
「よし。あとは魔法以外にも、転移した者特有のスキル、っていうのもある」
スキルと聞いて私の胸は
「スキル、もあるんですね」
パッと思いつくのは
「そうだ、便宜上そう呼んでいる。私も、もう一人の彼も特殊なスキルを持っている」
「それは、最初から使えたりは——」
「スキルそのものは認識さえすれば多分使えるが、使いこなすには修練が必要だ」
やっぱりな、少なくとも初っ端から無双出来る、という
「わかりました。でも、そもそもどんなスキルが私にはあるんでしょう」
「それについては心当たりがある」
鎌柄さんは神妙な
「私は恥ずかしながら『穴』に吸い込まれる時、『ああ、死ぬのかな。死んだら魂は何処へ行くんだろう』なんていう事を考えていた。そして、もう一人の彼は……ああ、一応口止めされてるんだっけな」
鎌柄さんは続ける。
「そして私は『魂』に関するスキルを手に入れた。もう一人の彼も、彼が最後に考えていた事に関係するスキルだ」
——と、いうことはつまり——
「私は『魂』が何処にあるか探知することができてね、それで君が森の中に突然現れた時、すぐに気付けた訳だ。それでだ、菱華さん」
——私が思ったことは——
「君はあの時、どんな事を考えた?」
彼はじっと私を見据える。
——急な風に巻き上げられたと感じた、私は、私は——
「あの、えと、『わあ、私、飛んでるー』って思いました……」
なんか恥ずかしい。死生観を考えていた鎌柄さんとは雲泥の差だ。多分、耳まで真っ赤だ。
しばしの沈黙の後、「ンッ」と鎌柄さんが吹き出した。ああ、もう嫌だ。
「失礼。いや、君は大物だな。『穴』の存在を認識していなかったとは言え、死に対する恐怖とかなかったのかい?」
「突然のことで、状況が理解出来ていなかったんだと思います……」
これで落ち始めたとかだったら、さすがに死を意識しただろう。だが、ただただ上に巻き上げられていた私は現状を把握した時点で思考を停止していた、のだと思う。
ハハ、と笑い鎌柄さんは目を細めた。
「なんにせよ、そういう事なら君は『飛ぶ』に関するスキルを持ってるかもしれないね。後で庭で試してみるといい」
鎌柄さんは庭の方に目線を向ける途中で、ふと思い出したかのように時計の方を見る。
「ああ、もういい時間だな」
そう言って私に頭を下げた。
「もう少しこの世界について話しておきたいが、それは追々という事で。そろそろライラを起こさなくちゃいけない」
「あ、私のことは気にしないでください!」
私はブンブンと手を振った。
最初の方に比べるとだいぶ緊張も解けていたので、欲を言えばもう少し話を聞いていたかった。
けど、わがままを言っても仕方がない。
「では、ヘザー。後を頼む——それと菱華さん」
「はい」
「驚かないでくれ」
——驚く? 何を?
キョトンとした私を置いて、鎌柄さんは腕を組み目を閉じる。何事かと私が頑張って眉間にシワを寄せ眺めていると——
——鎌柄さんの身体が一瞬光ったと思った次の瞬間彼の姿は消え、代わりにそこには可愛らしい少女がちょこんと座っていたのだった。
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