第5話 野外訓練
日曜日は”雨鉄砲”の野外訓練です。
お母さんに六時に起こしてもらい、家から少し離れた公園に行きました。
お母さんに怪しまれないように、サッカーボールは持っていきました。
この時間だったら、公園を散歩している人も滅多にいないはずです。
思った通り公園には誰もいませんでした。公園に来る人がいないことを確かめて、野外訓練を開始しました。
最初は、家から持ってきたペットボトルが標的です。
簡単に倒せると思ったのですが、うまくいきませんでした。
ベンチに置いたペットボトルにとどく前に、“雨鉄砲”の玉が消えてしまうのでした。
部屋で飛ばす距離はやはり短くて、外では少し遠くしただけで、”雨鉄砲”の玉は消えてしまうのでした。
色が消えるまでの時間と、“雨スイッチ”を振る速さを、野外向けに調整し直さないといけなくなりました。
難しい算数の問題を考えているみたいです。
まずは部屋でやった練習です。
ベンチの近くから始めて、当たったらだんだんと離れていく練習です。
部屋の練習と同じなのですが、公園でやると気分がまったく違いました。
「フリーキックの練習みたいだ」
フリーキックの場合は、キーパーが取れないところを狙って、ボールを蹴り込みます。
標的を狙うことは、“雨鉄砲”でも同じです。
標的までが遠くなって、フリーキックと同じように思えてきたのでした。
算数の問題と思うと面倒でも、フリーキックの練習と思うと、それだけで楽しくなりました。
ペットボトルを卒業して、ペットボトルのキャップで訓練を始めた時、女の子の声が聞こえてきました。
小さな女の子が、公園に駆け込んできました。公園に向かって、男の人が歩いてきます。きっとお父さんでしょう。
そろそろ近所の人が、公園に来る時間になったようです。
朝の訓練は、もう終わりにした方が良さそうでした。
「ごちそうさまでした」
お昼ご飯を食べると、太郎はダッシュで家を出ていきました。
お昼の時間、そして太陽がギラギラと暑い時間は、公園に来る人がとても少ないはずです。
太郎の予想通り、公園には誰もいませんでした。
「よし、午後は実戦訓練だ」
午前の訓練との違いは“標的”です。
これまで標的はペットボトルに鉛筆と、“動かない標的”でした。
“動かない標的”を当てる自信はついたので、“動く標的”に挑戦しようと思ったのです。
公園には誰もいませんでした。
けれど、猫がいました。
ベンチで気持ちよさそうに三毛猫たちが寝ています。
これも太郎の予想通りです。
天気が良くて人がいない午後には、ベンチで猫がよく昼寝をしています。
そして、今日も太郎の期待通り、猫が昼寝をしていたのでした。
「さて、どうしよう」
寝てはいますが、“動かない標的”とは違って“動く標的”です。
太郎とベンチまでの距離は、かなりあります。
もう少し近くまで行きたいのですが、下手に近づけば目を覚まして、逃げて行ってしまうかもしれません。
たとえ厳しい条件であっても、それこそが実戦訓練です。
太郎は呼吸を整えて、ベンチの猫を狙って、茶色の”雨鉄砲”を発射しました。
ベンチに飛んでいく途中で、消えてしまいました。力が足りなかったようです。
もう少し強く”雨スイッチ”を振り抜きました。
今度は茶色の玉が三毛猫の茶色の毛まで飛んでいき、そのまま吸い込まれるように消えていきました。
猫は少し顔を上げましたが、また気持ちよさそうに寝てしまいました。
次に黒の”雨鉄砲”を発射しました。
狙った通り玉は黒い毛に当たり、消えていきました。
猫はゆっくりと起きて、大きなあくびをしました。そして静かに歩き始めました。
「よし、動き始めた。いよいよ動く標的だ」
太郎は、赤、黄、緑の”雨鉄砲”を、連続して打ちました。半分は当たって、半分は外れてしまいました。
三毛猫は赤、黄、緑の斑点をたくさんつけた、カラフルな猫になりました。
猫は何も気づいていようです。
けれど、周りにいた三毛猫たちは、シャーと鳴いて逃げて行きました。
目の前に、変な色をした猫が急に現れたで、驚いてしまったのです。
次の標的は、水飲み場にいるハトにしました。
ハトはじっと止まることがなくて、いつも小まめに動いています。
それにハトは不思議な鳥です。
いつもは足元の周りをチョコチョコ歩くのに、こちらが少しでも意地悪をしようと近づくと、スッと離れていってしまいます。
実戦訓練の上級コースとしては最適な標的です。
太郎は、水飲み場の横に立っている木に隠れました。
まずはハトを偵察して、相手の動きを確かめなくてはいけません。
敵を狙うスパイナーになった気分です。
ハトは太郎に気づいていないようです。
太郎は一番手前のハトを、じっくり狙って打ちました。
じっくり狙ったのですが、数センチ外れて、水飲み場のコンクリートの床に、玉は消えていきました。
野生の感が働いたのか、狙ったハトが飛び上がりました。すると、水飲み場にいたハトも、いっせいに飛んでいってしまいました。
絶対的な正確さとスピードだけでなく、動く標的の行動の先を読むことが必要であることがわかりました。
上級コースになると、難易度もグッと上がります。
飛んでいったハトは、当分戻ってきません。そこで太郎はハトが戻ってくるまで、公園の葉っぱを、素早く正確に打つ訓練をすることにしました。
まずは、絶対的な正確さとスピードの向上です。
太郎は公園をぐるぐる歩き回りました。
誰かがいたら黙って通りすぎ、誰もいなければ、近くの葉っぱ、少し先の葉っぱ、そして遠くの葉っぱへと連続早打ちです。
公園を五周したくらいから、自分でも驚くほど上達してきました。
素早くポケットから“雨スイッチ”を抜き出した瞬間に、“雨鉄砲”の玉が見えないくらい、早く打てるようになりました。
落ちていく葉っぱさえ、正確に当てることもできるようになりました。
大好きなアニメに出てくる、早打ちガンマンになった気分です。
水飲み場を通りすぎるたびに、ハトは一羽、二羽と増えていました。
そして、水飲み場にいるハトが六羽になった時、太郎はもう一度挑戦することを決めました。
六羽を一度に狙うのは、さすがの早打ちガンマンも難しそうです。
太郎は、手前の三羽を狙うことにしました。
木に隠れてハトを偵察します。ふっ、ふっ、ふっとハトが歩くリズムに合わせて息を吐いて、ハトのリズムを自分の中に取り込んでいきます。
敵の動きを読み切った、そう感じたとき、一番手前のハトに緑色の玉を打ち込みました。
おなかに当たりました。
ハトは気づいていません。
次は、もう少し先にいるハトです。
同じリズムで歩いています。今度は、黄色の玉を打ち込みました。狙い通りハトのおなかに命中です。
しかし、少し雨の量が多かったようです。異変を感じたハトが飛び上がりました。そして、周りにいたハトも、いっせいに飛び上がりました。
太郎は反射的に、一番手前を飛んでいたハトに、赤色の“雨鉄砲”を打ち込みました。
ハトはどんどん空を昇っていきます。
白いおなかに赤くて丸い玉模様をつけたハトを、太郎は見つけました。
その横には緑色の玉模様をつけたハト、黄色の玉模様をつけたハトも飛んでいます。
赤と、緑と黄色の玉模様がゆらゆら揺れて離れて行きます。
「蝶々だ」
太郎は、うっとりと空を見上げていました。
すっかり自信がついた太郎でしたが、そんな時に事件は起こるのでした。
ハトが戻ってくるまで、“葉っぱ連続狙い打ち”の訓練をしている時でした。
”雨鉄砲”の狙いが外れて、通りを歩いていた小学生の帽子に飛んでいってしまったのです。
「あっ」
思わず声が出ました。
黄色い帽子が緑になってしまいました。
小学生は全く気づいていませんが、後ろを歩いていたおばさんは、びっくりしました。
前を歩いていた小学生の帽子が、急に黄色から緑色になったからです。
おばさんは立ち止まって、目をこすっています
帽子の緑色は、すぐに消えていきました。
前を歩いているのは、黄色の帽子をかぶった小学生です。
おばさんは、少し考え込んでから、何もなかったような顔をして歩き始めました。
「危ない、危ない」
太郎は、ほっとしました。
もう少しで、大人に知られてしまうところでした。
いくら上達しても、“雨鉄砲”を使う時は、注意しなければいけません。
”雨スイッチ”を使うときは、注意の上にも、注意しなくてはいけない。
とても面倒です。面倒ですが、我慢できます。
だけど、太郎には、我慢できそうもないことがありました、
太郎は、”雨スイッチ“を自慢したくて、誰かに話したくて、たまらないのでした。
健太だけには話そうかと思いました。
そうすれば、一緒に”雨鉄砲”の技を磨くことができます。
けれど、健太に話せば、健太は友達に話してしまうかもしれません。
友達は、その友達に話してしまうかもしれません。
そして、大人が知ってしまうことになるかもしれません。
お母さんの顔が浮かび、お父さんの顔が浮かび、先生の顔が浮かび、そして交番のお巡りさんの顔が浮かびました。
お巡りさんが”雨スイッチ”を取り上げて、太郎をにらんでいるシーンが頭に浮かんできます。
自慢したくてしょうがないけれど、”雨スイッチのことは誰にも話さない“。
これが、いちばん我慢しなくてはならないことでした。
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