第4話 雨スイッチ

「ごちそうさまでした」

朝ご飯を食べると、太郎は自分の部屋に戻っていきました。

お母さんは首を傾げました。

天気の良い土曜日は、朝ご飯を食べるとすぐにサッカーボールを持って遊びにいきます。

それがいつもの太郎なのに、サッカーボールに見向きもせず、自分の部屋にもどってしまいました。

「五年生になって、少しは勉強をする気になったのね」

心配してもしょうがないので、そう考えることにしました。

けれど、もちろん太郎は勉強なんてしていません。

本格的な調査の開始です。


まずは“雨の振り方”の調査です。

白いボタンのチカチカの長さや、色のボタンを押す長さを何度も変えてみました。

色のボタンを押す時間によって降ってくる量と降る範囲が変わることがわかってきました。

少しだけ押すと、少しだけ雨が降ります。

長く押せば、それだけ多くの量が降ります。

どんなに長く押しても、降る量と範囲には限界がありました。太郎の周りの1メートルくらいが限界のようでした。

これなら間違って長く押してしまっても、家中、クラス中、街中に真っ赤な雨が降ることはありません。

そして、早く歩くと、雨は「待ってくれー」と言うように、あとからついてくることも分かりました。

これは大きな発見です。

色のボタンを押してすぐに動けば、自分が濡れることなく雨を降らすことができるのです。

太郎は部屋の中をぐるぐる歩き回りながら、黄色、茶色、赤色と順番に雨を降らしました。

だんだんコツがわかってきました。

そして、コツをつかんで、使えるようになるほど、太郎はこの石が大切なものに感じてくるのでした。

「これはただの石なんかじゃない。ただの石とは違って、すごい、すごい…」

“すごい”の次の言葉が出てきません。

すると、ある言葉が浮かんできました。

”雨スイッチ”

まるでこの石が自己紹介してきたように、頭に浮かんできたのでした。

「すごい雨スイッチ。そうだ、これは雨スイッチだ」


太郎はこの石を、”雨スイッチ”と呼ぶことに決めました。


昼ごはんを食べて、それからすぐに自分に部屋に戻って、”雨スイッチ”の調査開始です。

一つずつの雨の色は綺麗なのですが、幾つもの色が混ざってしまうと、真っ黒になってしまいます。

降らした雨が乾くまで待ってから、次の色を降らすと色は混ざりません。

しかし、この“待って”が長いとイライラしてきます。

混ざらないようにしながら、色の違う雨をどんどん降らせたい。

単純なようですが、なかなかうまくいきませんでした。

雨が降る時間は、白いボタンを押す時間と関係しているようです。

「1、2、3」と数えながら白のボタンを押し、それから雨を降らして、今度は乾く時間を数えます。

チカチカ、色のボタンを押して、雨を降らせて、乾くのを待って、白いボタンを押す。

そして、チカチカ、色のボタンを押して、雨を降らせて、乾くのを待つ。

太郎は、何度も何度も試しました。


「太郎、おやつよ」

お母さんの声がしました。

「いらなーい」

それどころではありませんでした。


何度も、何度も練習していくうちに、雨の量と乾く時間が、感覚的にわかってきました。

雨の量と乾く時間がわかってくると、太郎は好きな時間だけ、雨の色を残せるようになりました。

好きな時間だけ色を残せるようになると、”雨スイッチ”で絵がかけることがわかりました。


茶色の雨を降らせて、急いで部屋の中を歩きます。

部屋の床は、薄い茶色でいっぱいになりますが、少しずつ色が消えていきます。

消えたところへ、赤・青・黄・紫の雨を順番に降らせると小さなお花畑のようになります。

「これがバラ、これは朝顔で、これはタンポポで・・・」

フランスの宮殿の庭を散歩する、王様の気分です。

全く同じように作ったつもりなのに、作るたびに宮殿の庭は少しずつ違いました。

自分でもうっとりするほど綺麗にできた時は、「天才芸術家」とガッツポーズが出ます。

けれど、がっかりするほどグチャグチャなお花畑になる時もあります。

「こんなの作ったら、首!と怒られそう」

失敗した時は、王様でなく宮殿の庭師の気持ちになってしまうのでした。


自分の部屋でも油断してはいけません。

太郎が”色人間”で遊んでいた時に、事件は起こりました。

青い雨で青人間になっていた時、お母さんが部屋に入ってきたのです。

天気がいいのに遊びに行かなくて、おやつと言っても部屋にこもって出てこない、それで心配になったからでした。

「太郎、どうかしたの」

お母さんがドアを開けたら、そこに真っ青になった太郎が立っていたのです。

お母さんは「アワ、アワ、太郎が、太郎が」と廊下にどんと座り込んでしまいました。

太郎は、急いで部屋の隅に逃げました。

「太郎、どこにいるの、大丈夫なの」

お母さんがドタドタと部屋に入ってきたときには、すっかり色は消えていました。

お母さんは、太郎のつま先から頭まで何度も見ました。

「おかしいわねえ、何か変な夢でもみたのかしら」

お母さんは、ブツブツ言いながら部屋を出ていきました。

もっと雨の量が多くて、もっと長い時間青人間になっていたら大変なことになるところでした。

「危ない、危ない」

家の中で使うのは、やめたほうがよさそうです。

しかし、外で使っていて、もし誰かに見られたら、もっと大変な騒ぎになりそうです。

「外もだめ、家もだめか」

体育館の裏だって、昨日は大丈夫だったけれど、いつでも安全とは言えません。

「じゃあ、どこで遊べばいいだよ」

“雨スイッチ”を持ったまま、思わず机を叩いた時でした。

さっと、一本の赤い筋が”雨スイッチ”から出て、壁に当たりました。

壁についた赤い点は、すぐに消えていきました。

色のボタンを押して“雨スイッチ”を大きく振ると、水鉄砲のように雨が飛んでいったのです。

ほんの瞬間だけの出来事です。

「これなら、外でも使える」

思わず叫んでしまいました。

もしも誰かに見られたとしても、知らないふりをすれば大丈夫そうです。

外でも“雨スイッチ”が使える。

そう思っただけでも、ワクワクしてきました。

“雨スイッチ”から水鉄砲のように飛んでいく技。

太郎は技に名前をつけようと、うんうんとしばらく考えました。

そして、この技を”雨鉄砲”と呼ぶことにしました。


“雨鉄砲”の特訓の開始です。

外で使うためには、“雨鉄砲”を完全に習得しなくていけません。

まずは、机の上に空のペットボトルを置いて打ち落とす訓練です

ペットボトルは大きいので、簡単に当たると思っていたのですが、そうはいきませんでした。

最初に机から一番離れたところ、ドアからペットボトルを狙いましたが、何度やってもうまくいきません。

色のボタンを押してから離す瞬間と、“雨スイッチ”を振り下ろす角度の調整が難しくて、なかなか当たらないのでした。

そこで、ペットボトルから50センチメートルくらいの場所から、訓練をすることしました。

この距離だと、すぐにあてられるようになりました。

50センチメートルで、確実に当てられる自信がついたので、今度は一歩下がって狙います。

それでまた確実に当たるようになったら、また一歩下がります。

こうしてだんだんと、ペットボトルとの距離を伸ばして行きました。


「太郎、ご飯よ」

お母さんの声がしました。

夕ご飯に呼ばれる頃には、太郎はドアから狙っても、百発百中でペットボトルを倒せる腕前になっていました。


夕ご飯を食べたら、練習再開です。

もう、ペットボトルは卒業です。

太郎は、机に鉛筆を五本立てました。

ペットボトルより小さい標的を当てる練習とともに、連続打ちも習得しようと思ったのです。

ペットボトルより難しいとは思っていましたが、予想以上でした。

色のボタンを離す瞬間と、振り下ろす角度が微妙に違うだけで、外れてしまうのでした。

初めて鉛筆を倒すまでに、三十分かかりました。

けれど一度成功すると、その時のタイミングを体が覚えたのか、とても簡単に当てることができようになりました。

連続打ちは逆に思ったより簡単でした。

チカチカの途中でも、色のボタンが使えることがわかったのです。

白いボタンのチカチカが消えるのを待ってから、色のボタンを押して雨を降らさなくていけない。

そう思っていたのですが、チカチカの途中でも色のボタンを押せば、雨が降ることがわかりました。

“雨鉄砲”を打った瞬間に白いボタンを押せば、すぐに次の発射ができるのです。

それでも、五本の連続打ちを習得するまでには、たっぷり三十分くらいはかかりました。

鉛筆の次は、鉛筆のキャップ、それから、十回連続打ち。

太郎は、眠くて腕が上がらなくなるまで練習しました。

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