第2話 アメンボのかけ

空を覆う黒い雨雲の上にいる神様たちは、雲に大きな穴を開けて校庭をながめていました。

「うるさい、それにしてもうるさい奴らだ」

言葉は怒っているのですが、”ボス”と呼ばれる雷の神様は楽しそうです。

「ほらほら、いつもの奴らだ。いやはや、うるさいやつらだ。しかし、元気があるのはいい。本当に元気な奴らだ」

ボスが下に向かって「こらあ、お前らうるさいぞ」というと小さな雷が落ちていきました。

子供達は驚いて空を見上げています。ボスはガハハハと大笑いしました。

「雨降るなー、雨は嫌いだーって。アメンボ、あんた本当に人気ないね」

雨の神様”アメンボ”の頭をトントンと叩きながら、雪の神様”雪姫”が言いました。

「あれ、雪姫。お前、なんでここにいるの」

急に現れた雪姫に、ボスが驚いています。

「雪姫、ここはもう夏だぞ。お前、なんでここにいるんだ」

「それがさ、どうもこうもないわよ。そろそろだわと思って北に行ったのに、全然寒くならなくてさ。それで、雪神があまっちゃったわけ。それで、今年雪神にデビューした若い子に任せて、私は帰ってきたというわけよ」

「つまり、サボることにしたという…」

そう言いかけたアメンボの頭を、雪姫がコツンと叩きました。

「若い雪神にまかせたとねえ。ふーん。お前、あっちの雨神と喧嘩でもしたんだろう」

「ふん」

雪姫は鼻を鳴らしてそっぽ向きました。

「相棒の雨神がいなきゃ、そりゃ暇だろうねえ。誰かお前さんと組む雨神がいればなあ。おっと、そういえばここにも雨神はいたねえ。なあアメンボ」

ボスがアメンボに顔を近づけてきます。

「えっ。だめですよ。僕はここで雨を降らす仕事があるから、一緒にはいけませんよ」

「うるさいわね、あんたたち。誰が喧嘩したっていうのよ。わたしは暇になって帰ってきたの。それにアメンボ。何よ、雨を降らす仕事って。雨降るなー、雨降るなーって、子供たちがわーわー騒いでるじゃないの。アメンボ、あんたは人気がないの。雨降らすの止めてあげなよ」

アメンボは雪姫を見上げました。

「そ、そうはいきませんよ。今、雨が降らないと、お米や野菜が育ちません。僕の雨を待っている人間がたくさん、たくさんいるんです」

ボスが大きな目玉で、ギロリとアメンボをにらみつけました。

「それにしちゃあ、お前の雨は人気ないなあ。ほら見てみろ。まだ、雨降るなーって叫んでるぞ。子供はお前が嫌いなんだよ。まあ、お前と違って俺は人気者だけどな。俺様の雷はピカリと光ってドカンと落ちる。これに子供がビリビリっとくるんだな」

「けど、怖がる子供もたくさんいますよ。特に小さい子供なんて、怖くて、怖くて、お腹が痛くなってしまう子供もいますし」

「なにっ」

ボスはアメンボの頭を押さえ込みました。

「ボス、やめなさいよ。アメンボが痛がってるでしょう」

雪姫がアメンボの頭から、ボスの手をどけてあげました。

色白で背が高く、腰までとどく長い黒髪、優しい時は誰もが認める絶世の美人です。

ただ、ボスと同じくらいに、怒りっぽいのでした。

「あ、ありがとうございます」

アメンボの肩をトントン叩きながら、雪姫は言いました。 

「あんたも神様なんだから、しっかりしなさいよ。それにしても、ホントに人気ないわね。ボスの雷も人気あるけど、私の雪だって子供に大人気よ。雪合戦もできるし、かまくらもできるし。子供どころか犬だって、私の雪に喜んで走り回るのよ」

「し、しかしですね。雪神が雪を降らすことができるのは、私たち雨神あってこそですし…」

雪姫が肩をギュッと掴んだのでアメンボは「イタッ」と言いました。

「それじゃ、あんたたち雨神は、私たち雪神より偉いと言うの」

雪姫の目が吊り上がり、アメンボを飲み込んでしまうくらい、大きな口になりました。

アメンボは、思わずあとずさりします。

普段が絶世の美人なだけに、怒った時の顔はボスよりも何倍も怖いのでした。

ボスも雪姫の機嫌が悪くなると、大きな体を小さくして黙っているくらいです。

「ああ、面倒くさい。アメンボ、あんたもつまらないけど、あんたの雨はもっとつまらないのよ。雪になれば楽しいけど、雨のままだと子供は嫌いなの。わかる?雪は好きだけど、雨は、キ、ラ、イ、なの」

いつもはボスと雪姫に何を言われても、がまんしているアメンボです。

しかし、今は違いました。

雲まで響く「雨、大キライ」の大合唱が、雨を降らすたびに聞こえてくるのです。

それだけでも気持ちが落ち込んでしまうというのに、ボスと雪姫にまで馬鹿にされて、とても腹が立ってきたのでした。

そして、思わず言ってしまいました。

「じゃあ、“かけ”、”かけ”をしませんか」

「はあ」

ボスと雪姫が、声を合わせて言います。

「“かけ”に負けたら、百年間毎日雲の掃除を私がやります」

「あらま、アメンボ怒ってるの。言い過ぎたかしら。けど、子供に嫌われているのは本当ですからね」

ホホホと雪姫、ガハハハとボスが笑います。

「で、ですから、“かけ”をしましょう。負けたら、百年間毎日雲の掃除をします。その代わり私が勝ったら、二度と雨を馬鹿にしないで下さい。そして、私のことをアメンボと呼ばず、雨神様と呼ぶと約束して下さい」

「アメンボは、アメンボだろ」

ボスがギロリとアメンボをにらみつけました。

「まあまあボス。そう怒らないの。へえ、”かけ”ねえ。こっちに帰ってきて、暇で暇でしょうがなったのよ。面白そうねえ、その”かけ”、どんな“かけ”なの」

雪姫は楽しそうです。

アメンボは”かけ”について話しました。

アメンボの話をじっと聞いていたボスが笑い出しました。

「一週間だと。アメンボ、そりゃ無理だ。絶対お前の負けだ。やめたほうがいいぞ、やめとけやめとけ」

雪姫も、笑うのを我慢しています。

「いいねえ。とってもいい“かけ”だこと。けどね、あんた、負けたら本当に百年間、毎日、必ず毎日雲の掃除するのよ。わかったわね」

雪姫の口が少し大きくなっています。

「は、はい。そのかわり勝ったら二度と…」

「わかってるわよ。いいからサッサと始めなさいよ。あー、やっぱりここは暑くてしょうがないわ。あんたが“かけ”に負けるのをみたら、私は北に戻るわ。あー暑い、暑い」

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