雨スイッチ
nobuotto
第1話 雨降るなあ
「夕方まで、ところどころで弱い雨が降り続きます」
水色の傘を持ったキャラクターが、天気図に大きく浮かんできました。
「今年の梅雨は長いですね。一体いつになったら終わるのでしょうか」
天気図の左端に立っている司会のおじさんに、お天気お姉さんが答えました。
「そうですね、前線が全く動こうとしません。本当に不思議です」
「ここ数年、梅雨らしい梅雨がなかったので、今年は意地になっているのでしょうか」
「意地にはなっていないでしょうが、今日も一日雨が降りそうです。降ったり止んだりという天気ですので、折り畳み傘を持ってお出かけください」
黒板の前のテーブルに、給食の食器を置くと、太郎は振り返って健太を見ました。
「いけ!」
健太の声を合図に、太郎は教室を飛び出しました。
クラスの男子が、急いで給食を口に詰め込み始めます。
健太が一番のりで、ベランダに出ていきました。
体が大きくて、食べるが早い健太ですが、雨の日には太郎と競争するように食べます。
健太を追って、次から次に男子がベランダに出てきました。
みんな真剣な顔をして、校庭を見ています。
校庭の真ん中で、太郎が空を見上げています。
パラパラと雨を降らす雨雲に向けて、太郎が叫びました。
「降るなー!降るなー!雨降るなー!」
健太が続けて叫びます。
「そうだそうだ。雨なんて大キライだ。雨降るな、雨降るな」
ベランダの男子たちも健太と一緒に叫び始めます。
「雨降るなあ、雨降るなあ」
五年三組の小さなお祭りが始まったと、学校中のベランダにゾロゾロと見物客が出てきました。
ベランダで騒ぐ男子を見ていた女子も、いつもの会話を始めます。
「ほんと、毎日、毎日飽きないわね」
「降るなって言ったって、止むわけないのに」
「男子って子供なのよ」
「子供っていうか、馬鹿なのよ馬鹿」
太郎の住んでいる街はサッカーが盛んです。
子供のチーム、学生のチーム、大人のチームとたくさんのサッカーチームがあって、いつもどこかで試合をしているような街でした。
その中でも太郎の学年は、特にサッカー大好き少年が集まった学年でした。
小学校の入学式が終わったとたんに、校庭のあちらこちらでサッカーを始めたくらいです。
三年生になったとき、なんとなく自然に、昼休みにクラス対抗の試合をするようになりました。
サッカーの試合をするといっても、校庭はそんなに広くはありません。
他の生徒の邪魔にならないように、校庭の端っこで試合をするので、一試合、二クラスだけしかできません。
勝ったクラスは次の日も試合ができますが、負けたクラスは順番が回ってくるまで待つというルールです。
六クラスあるので、一度負けると四日間は試合待ちになるのでした。
三年生リーグ、三年生の時の昼休みサッカーをそう呼んでいました、太郎のクラスは最弱クラスでした。
四年生のクラスは三年生の時よりは強かったものの、連勝できるほど強くはないクラスでした。
三年生リーグでも、四年生リーグでも、サッカーの試合ができるのは順番が回ってきた時だけ、そんな二年間でした。
しかし、五年生のクラス替えで、学年最強のストライカー健太と、学年最強のキーパー康彦と同じクラスになったのです。
どう考えても、太郎のサッカー人生で最高のメンバーです。
太郎は飛び上がって喜びました。
けれど、五年生リーグが始まると、五年三組が最強チームではないことがすぐ分かりました。
五年一組に、四年生の各クラスのエース級が集まっていたのです。
五年一組こそが、最高、最強だったのです。
五年生リーグが始まると一組が勝ち続けたので、他のクラスから不満の声が上がりました。
そこで、勝っても連続して試合ができるのは、次の次の日までという特別ルールができました。
三組もどうしても一組には勝てませんでした。他のクラスに勝てたとして一組に負ければ、見学組になります。
一組に勝てないどころが、他のクラスにだって、たまには負けることもあります。
最強と思っていましたが、中位の強さのクラスだったのでした。
それが悔しくて、太郎と健太は試合ができない昼休みに作戦会議を始めました。
絶対王者である五年一組の弱点を分析し、必勝の戦略を考える会議です。
最初はサッカーのメンバーだけでしたが、そのうちにサッカーに興味がない男子も参加してきました。
サッカーに興味がなくても、みんなで一緒にワイワイ考えるのは面白いので、どんどん参加してきたのでした。
その成果が五月から出始めました。
五月のゴールデンウィークあけの昼休みサッカーで、一組から初勝利を挙げることができたのです。
ベランダで見学していたクラスの男子たちから、いっせいに拍手が上がりました。
最強の一組を破った三組でしたが、次の日は二組にあっさり負けてしまいました。
太郎のクラスだけでなく、どのクラスも作戦会議をやっていたのです。二組に三組の弱点を見抜かれていたのでした。
こうして五年生リーグは、混戦状態となりました。
三回に一回は一組に勝ち、格下のクラスには絶対に負ない、これが五年三組の作戦会議の大きなテーマとなりました。
そんな混戦の五年生リーグが、いよいよ盛り上がってきたときに、梅雨がやってきたのです。
最初の1週間は我慢しました。梅雨だからしょうがありません。
次の1週間も我慢しました。クラスのみんなで作戦を練ることに集中しました。
次の1週間からはイライラしてきました。
そして、もうすぐ夏休み、五年生リーグも休みになるというのに、まだまだ雨は降り続きました。
だから太郎は怒りがおさまらなくなったのです。
「降るなー!降るなー!雨降るなー!」
太郎の声を無視するように、雨が段々強くなってきました。
「浜田くーん。雨が強くなってきたから、教室に戻りなさーい」
担任の亜紀子先生がベランダから太郎に声をかけます。
生徒の気持ちもわかりますが、太郎がビショ濡れになるのも、そして五年三組の廊下がビショビショになるのも困ります。
しかし、太郎もベランダの男子たちも、先生の声を聞こうとしません。
「太郎君。それから君たち。教室に入りなさい」
亜紀子先生がもう一度叱ります。
それでも「雨なんて大キライだあ。雨降るな、雨降るな」は続きます。
雨の日の五年三組のお祭りのたびに、亜紀子先生も大声を出さなくていけないのでした。
「もう降らないで。私も雨なんて大嫌い」
小さくつぶやいて、亜紀子先生は教室に戻っていきました。
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