第2話

 天文台の冬は体の芯まで凍りつくように寒い。星をよく見るために火を焚くことができないからだ。

 マリアンナは今日も指先に息を吐き掛け、幾多の星の輝く空を見上げた。



「今日もアーラロトは綺麗ね」



 そう呟きながらも、マリアンナの手は無意識のうちに星の記録を書きつけている。

 アーラロトは真北に輝く不動の星だ。誰もが見上げては彼方にアーラロトがあると言って安心し、旅路では家の方向を知ることができる、皆を平等に淡く照らす星なのだ。

 祈るために手を合わせられることが多いその星をペン片手に真っ直ぐに見上げるのは、マリアンナが天文台で働くことに誇りを持っているからだ。

 たとえ天文台で女が働くなどと罵られようと、給料が驚くほど少なかろうと、凍えるほど寒い日が続こうと、マリアンナはこの仕事が好きだった。いつまでもここにいたいと思うほどに。



「でも今夜は特別に、降ってきそうなほどに輝いている。どうしたのかしら」



 独り言が多くなるのはこの天文台に暮らす宿命のようなもので、一人になることが多いこの場所では皆が壁や椅子に語りかけるようになる。

 私はまだ壁と話したことはないわね、とマリアンナが内心思っているとアーラロトが今までにないほど凄まじい輝きを見せ始めた。



「え?」



 見間違いかと目を擦るも輝きはむしろ増すばかりで、一体何事だとマリアンナが望遠鏡に手をかけたその時だった。

 アーラロトの輝きが消え、その代わりにドスンという重たい音が聞こえた。まるで近くに何かが落ちてきたように。



「いったあーい」



 少女の声がマリアンナの耳に届く。まさか、とマリアンナは笑い飛ばそうとした。空耳に決まっている。こんなところに私以外の女の子がいるはずがないだろう。

 それなのに、恐る恐る声の目を向けると、そこには確かに声の通りの女の子がいて、自分より少しだけ小柄に見えるその子を目に映し、マリアンナはくらりと目眩がした。



「あなた誰?」



 思わずきつい口調でマリアンナは問いかけ、星のように金色に輝く髪をその子はふんわりと揺らしながら小首を傾げた。



「私? 私は……アーラロト。降りてきちゃった。がんばりすぎて、疲れちゃったの」


「アーラロトって星の? あの空の……今は見えないけど、でもまさか、冗談でしょう?」


「信じられないならそれでもいいけど。それより、しばらくここにいさせてくれない?」



 あっけらかんと言い募る少女にマリアンナは呆気に取られる。

 けれどこの寒空の下少しも辛くなさそうな姿を見ていると、同じ人間ではないのかもしれないと思ってしまうことも事実なのだった。

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