第29話 名残

 久しぶりに夜明け前から雨が降っていた。連日の暑さが少し和らぐものの、湿気で過ごしにくいことは変わらない。いつもの時間に予備校に着くと、入り口でからし色の傘が目に入った。

「おはよう」

「おはよ」

 礼央と穣は挨拶を交わした。礼央がビニール傘を傘立てに入れると、その隣に穣のからし色の傘が差し込まれた。教室に向かう廊下の掲示板に、講習のカレンダーが貼られている。

「本宿くんは、ここに来るの明日までか」

「うん」

「……別のところ行っても、頑張って」

「急にどうしたの。明日も来るよ」

「そうだけど」

 穣は微笑んでいたが、礼央はどうにも気持ちが晴れなかった。今日の天気のようだ。たまたま行き合った浪人仲間が別の予備校に行くだけだというのに。連絡先だって交換しているし、名古屋にいることは変わりないのに、なぜか穣がとても遠くに行ってしまうような気がした。

「また、近いうちに模試とかで会いそうな気がするよ。色々な予備校の模試を受けること、教えてくれたのは楊井くんじゃん」

「……そうだな」

 礼央はなんとか笑みを返した。名残惜しくは思うけれど、それ以前に自分たちは浪人生なのだ。大学合格を目指して日々努力することを忘れてはいけない。礼央は無理矢理意識を逸らして、授業のことを考えることにした。

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