第23話 静かな毒

 礼央の住む家の近くは、愛知でも都心部から離れた郊外だ。ベッドタウンといえば聞こえはいいが、要は昔栄えた住宅地というだけの田舎だ。例に漏れず少子高齢化が進み、畑だった場所は持ち主の高齢化や継ぐ者がいないなどの理由で荒れていく。礼央が幼い時点ですでにそんな衰退は静かに始まっていた。だが、幼い礼央には分かるはずもなく、荒れた畑は子どもたちの遊び場になっていたし、勝手に生えた植物は遊び道具のひとつだった。

 ある夏休みの日、隣町から礼央の従弟一家が遊びにきた。その一家の母親にあたる礼央の母方の叔母は、仕事で忙しい人という印象で、田舎の母親世代にしてはいつも小綺麗にしていた。従弟は礼央の弟の進よりも下の学年で、まだ幼かった。散歩がてら叔母がお昼寝中の従弟を抱っこし、礼央と進が近所の遊び場を紹介して歩いていると、とある荒れた畑の前で叔母は声を上げた。

「礼央くん、これ毒があるのよ」

「えっ」

 それは荒れた畑の一角にあるよくわからない植物だった。夏になると薄い黄色のラッパのような花を下向きにたくさん付けていて、その日も蝉の声の中で薄い黄色のラッパが揺れていた。背の低い木で、その下は荷物を置いておくのや子どもが座って一休みするにはちょうどいい木陰になっていたのだが、毒という言葉を聞いて、礼央と進はぎょっとした。叔母は言い聞かせるように屈んで、礼央と進に視線を合わせた。

「礼央くんも進くんも、葉っぱやお花を食べたりしてないよね」

「うん」

「うん」

「近くに寄るなとまでは言わないけど、葉っぱとかの汁をつけたままにしちゃダメよ。一番毒があるのは根っこ。掘り返して、ゴボウだよーってママのところに持って行ったりしたら、お夕飯の時にみーんな倒れちゃうわよ」

「ふぇえええん!」

 まだ幼かった進は泣き出した。つられて、すやすやと寝ていた従弟も泣き出した。あらあら、と叔母はころりと笑顔に戻って従弟を片手で抱っこし直し、進の頭を撫でた。

「ごめんね、おばちゃん怖いこと言っちゃったね。でも、ママと礼央くんと進くんが危ない目に遭うのが心配なの」

「わかった、気をつける」

 礼央は神妙な顔で頷き、進と手を繋いで家への帰り道を歩いたものだった。以来、なんとなくそのラッパの花のある荒れた畑で遊ぶことは止めるようになり、いつしか畑は更地になって、あの植物もなくなっていたのだが。

「華岡青洲は世界に先駆け、初めて全身麻酔下での手術を成功させた人で、その麻酔にはチョウセンアサガオが使われており……」

 十九歳の礼央は、あの時叔母が毒だと教えてくれた植物の写真がスクリーンに映し出されるのを見た。予備校での日本史の授業中、若干脇道に逸れた話題ではあったが、大写しになった植物の写真は緑の葉に、あの特徴的な薄い黄色のラッパの花があった。毒とはこういうことだったのか、と礼央は十何年か越しに納得した。

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