第16話 レプリカ
「サイン入りのボールが、友達ん家にあったんだよ」
夕食どきに、弟の進がそんなことを話していた。進の通う中学校は、夏休みを前にした保護者懇談会の時期で、午後の授業と部活動が休みになっていた。中学二年生の進は受験生でもないので、三者面談というわけでもなく早々と帰宅し、野球部の友達の家に遊びに行っていたようだった。サイン入りボールとやらは、どこぞの球団の監督の誰それのもので、今は監督をしているけれど昔は投手で、などと進がインターネットで仕入れたらしいうんちくを垂れている。礼央たちの母はあまり興味なさげな様子で、相槌を打ちながら焼き魚の身をほぐしていた。
「ふーん。そんな有名な人のサインなら、直接もらえるわけじゃないでしょ。ボールを誰かに譲ってもらったとかなの?」
「フリマアプリだって。アプリ見せてもらったけど、そういうのがいっぱい出品されてた」
どうにも話の雲行きが怪しくなってきた。野球の話題には礼央もあまり詳しくないが、つい口をはさむ。
「それ、本物?」
「えー? 直筆っぽかったけど。逆に偽物とかあんの?」
「フリマアプリは本物の転売も多いから、断言はできないけどな。サイン色紙の偽造とか、さらにそれを転売するとかもあるらしいって聞いたことあるから」
「マジか」
進は結構衝撃を受けた顔をした。これはあわよくば自分も手に入れたいと考えてたな、と礼央は考えた。進なら安直にそう考えかねない。中学生の決して多くない小遣いに影響が及ぶ前でよかった。そのサイン入りボールが本物か偽物かは分からないが、弟に年長者としての見解を伝えられて良かったと礼央は思った。
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