第11話 飴色
「
ふと気になって
「これまでは、基本オーケストラとかの中での演奏が多かったから……」
「でも、顔判別くらいはつくでしょ」
「つかないのもあると思う……それに、公開の動画で上がってるものって、案外少ないから」
「そうなんだ。よくテレビとかでやってるから、YouTubeとかにもたくさんあるんだと思ってたけど」
「あるにはあるんだけど、一部のプロの演奏が大半だよ。アマチュアだと、オケの広報の方針にもよるかな。積極的に動画を上げるところと、そうでないところがあるから」
穣の口ぶりからすると、穣のいるオーケストラはあまり動画などを上げない方針らしい。礼央は少し残念に思ったが、穣はスマートフォンをスクロールし、画面を礼央に向けた。
「ちょっと昔ので、家族が撮ったやつだから、あんまり音とかもよく撮れてはいないんだけど」
「えっ、見る見る」
動画の中の穣は、白いシャツにスラックス姿だった。制服のようにも見えるが、高校は普通科だったと聞いているから、学校の発表会などではないのだろう。とすると、レッスンに通っているという教室の発表会か何かだろうか。ピアノの前に立ち、舞台には彼とピアノ奏者の他に誰もいない。伴奏が始まってしばらくしてから、動画の中の穣は楽器を構えた。舞台の照明を反射して、楽器が飴色に輝く。弓が白く光る。礼央はクラシック音楽に詳しくないから、曲名はわからない。ゆったりとした曲調の、柔らかいメロディだ。穣の姿は、礼央の知る普段の姿と大して変わらないように見えた。礼央がごくたまにテレビなどで見かける女性のヴァイオリン奏者などは、見た目がおとなしげなお嬢様のいでたちなのに、楽器を持つとバンドマンのように髪を振り乱して演奏する姿が記憶に残っていた。楽器をする人間というのは概して多重人格なのかと思っていたが、穣はあまり印象が変わらない。そのことに安堵するような、拍子抜けしたような、複雑な気分になった。
動画は長くなかった。雑音も交えて、最後には拍手と手ぶれで終わった。穣はさっさとスマートフォンの画面を切ってしまった。
「こんなものだよ。地味な楽器だし、あんまり舞台映えするものでもないけど」
「うーん。俺、良し悪しはわかんないんだけど。こういうのって、緊張しないもん?」
「えー、すごい緊張してたよ」
「見えないよ。ちゃんと弾いてたし」
「弾かないと進まないからね」
「それで弾けるってのはやっぱすごいことじゃない? 楽譜見てなかったし」
「あー、まあこれは高校生の時だし、教室の発表会は毎年そうだからね。何年も出てれば、緊張はするけど慣れも出てくるっていうか」
おっとりと話す穣は、やっぱり楽器を持っていようがいまいがあまり印象が変わって見えなかった。彼がたとえばガツガツとした肉食系の顔になるのもちょっと似合わないような気がして、穣はこのままがいいのかも、と礼央は考えた。
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