第9話 肯定

 副島そえじま大悟だいごは、礼央れおと同じ高校の同級生だった。とはいえ、同級生は四百人近くいたし、同じクラスや部活だったわけではないから、在学中は話したこともなかった。正直なことを言うと、お互い浪人生になってから初めてまともに話した。

「楊井、ノートとプリントありがと。助かったわ」

「ああ。どういたしまして」

 夏期講習も二週目に入る頃、大悟はやや面やつれしたふうでやって来た。大悟と礼央は夏期講習の前の通常講習でも時々同じ授業を取っていたが、このところ大悟はたちの悪い夏風邪を引いてしまったらしく、丸々一週間予備校に来られなかった。さすがに哀れに思った礼央が、ノートとプリントのコピーを取って大悟に渡したという次第だった。

「あれ? うちの学校の人だっけ」

 大悟は先程まで礼央と話していたじょうを見た。穣は初めまして、と頭を下げる。

「違う学校だけど、夏期講習から来て。楊井くんに色々教えてもらってます。本宿です」

「そうなんだ。おれは、楊井と学校同じだった副島。よろしく」

 大悟は穣に興味を持ったのか、穣の真後ろの空席に鞄を置いて陣取った。テキストやノートを出しつつ穣に話しかける。

「本宿クンてさ、手めっちゃ綺麗に手入れしてんね。なんか楽器やってんの?」

 大悟の台詞に、礼央は思わずまじまじと穣の手を見た。確かに爪の先が短く整えられ、指はすっきりと長く肌荒れもない。穣も驚いたように返した。

「そうだよ。よく分かったね」

「へへ。おれ、バンドでギター長くやっててさ。なんかギタリストの手みたいだなーって思ったんだ。バンドとかやってる?」

「いや、弦楽器なんだけど、ヴィオラっていう」

「へえー、アコースティックじゃん。かっけー、エレキとかやんない?」

「ヴィオラはエレキ楽器があんまり生産されてなくて。ヴァイオリンならエレキあるんだけど」

「エレキヴァイオリンなー、たまにできる人のいるバンドとか見ると超いいなって思うわ。やっぱ小さい頃からやってないと厳しい感じ?」

「どうだろう、ギターと原理は同じだから、飲み込めたら早いと思うけど」

「マジ? 大学入ったら考えようかなー」

 礼央は会話を聞きながら朧げに、大悟が高校時代には軽音楽部だったことを思い出した。礼央は楽器を習ったこともないので、音楽をしている人どうしの会話がよく分からないが、できたら楽しいものなのだろう。会話に入らないこと自体は特に苦痛ではないし、聞いているだけで二人の楽しさは分かってくるのだが、指を見ただけで初対面の穣とここまで話ができる大悟のことを、羨ましいと思わないと言ったら嘘になる。

(俺の方が先に、本宿くんと話したのにな)

 などというちょっとしたやっかみの気持ちを肯定してみる。なんだか少女漫画みたいになってるな、と感情を一旦脇に置いて、礼央はテキストのページをめくった。

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