第5話 蛍

 ようやく金曜日だ。礼央れおの受けているコースでは、土日の講義はない。しかし浪人生たるもの、土日だからと言って遊んで良いわけではなく、予備校に行かないというだけで家で勉強はしなければならないから、さりとて気が休まるわけではなかった。

 予備校の帰りに、駅ビルの書店に立ち寄った。百貨店の入っているビルのワンフロアが書店になっており、品揃えも良い。学習参考書のコーナーには赤い背表紙に大学名の入った入試問題集がずらりと並び、平置きの場所には教科別の黒い問題集が積まれている。見慣れたそれらはすでに持っているので通り過ぎ、片隅にある受験情報誌を手に取った。

 中国の故事からタイトルを取った雑誌を、買う訳ではなくぱらぱらとめくった。貧しさゆえに灯火がつけられず、蛍の光や雪明かりで勉学に励んだとのことだが、さすがにそこまでの精神は礼央も持ち合わせてはいない。親に金を出してもらって予備校に通っているし、当然照明どころか冷暖房も完備されている。

 他人のあまり参考にならない受験成功談などを斜め読みし、雑誌を元の場所に戻した。息抜きに書店に来たのだから、新刊でもチェックして帰るのが筋だろう。礼央は学習参考書コーナーをあとにし、新刊コーナーに足を向けた。

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