人魚問答 - 6

 結局のところ、あれはいったいなんだったのだろう。

 夢か、幻か、白昼夢か……。

 しかし、そんなことはどうだっていい。実のところ、どうだっていいのだ。

 夜の夢こそまことだというじゃないか。

 

 ぱちん、とまた何かが弾ける音がした。

 ふと気がつくと、修一は深夜の公園のベンチでひとり座っていた。

 時計台に目をやると、午前三時を指している。町のすべてが眠りに落ちている時間だ。こんな時間に目を覚ましてしまうとは……。

 ふと横を見ると、ベンチのうえにルービックキューブがぽつんと置いてあった。

 色は綺麗に揃えられている。まるで封を開けたばかりの新品のようである。

 いったい、誰の忘れものだろうか。

 修一は手を伸ばし、指でくるくると弄り回してみる。

 整然と並んでいた六色の色が、互いに領域を犯しあい、乱しあう。

 お前たちは殺しあっているのか、それともまぐわっているのか。

 ふふ、とため息のような笑みが零れる。

 ……どちらにしても、さほど変わらないということか。

 元の整然とした形に戻してやりたかったが、それをするにはさらなる混沌が必要で、修一にせいぜいできることは、そこに必要以上の混沌を持ち込むことくらいであろうと思われた。

 ふと、夜風が修一に囁いた気がした。

 風に誘われるように、修一はその不揃いのままのパズルを握りしめ、目の前の噴水に投げ入れてやった。

 

 果たして……あの鳴き声は、他の人間たちにも伝播していくのだろうか。

 あるいは、もう他の人間たちの耳には、もうとっくに届いていたのではないだろうか。

 内なる人魚を秘めた人間が巧妙に人間の振りをして、何も知らぬ無垢な俺を、町の角から密かに観察していたのではないか……。

 今、こうして眠りに落ちていると見える町の家々には、果たして人間は眠っているのだろうか。俺がこうしてここで眠りに落ちている前で、皆はいそいそと人魚と化して、あの海底都市へと流れ込んでいったのではないか。

 今、修一の胸に、あらゆるものに向けた猜疑心が溢れだし、その身を食い破らんとしていた。

 修一は一歩一歩、沈黙する噴水に向かって歩き出す。その縁にしがみつき、水のなかに顔を突っ込んだ。

 また、自分のもとに届く時があるのだろうか。この世界を夜ごと震わせて破滅させてしまうようなあの鳴き声が……。

 修一はぱっくりと口を開け、自分の先にあるすべてのものに向かって叫び続けた。

ほるるる……。

ほるるる……。


ほるるるるるる……。


― 了 ―

 

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