風の塔に眠る夢 - 13
長い……途轍もなく長い夢を見ていたのだろう。
そんな思いが、麻美の胸の中で渦巻いていた。
果たしてその夢というのが、何なのかわからないまま……。
麻美は、帰りの新幹線に乗っていた。窓の外から、暮れなずむ郊外の景色を眺め、ぼんやりと今日の出来事を振り返っていた。
麻美が元いた世界に戻るという選択をした後も、ヒナタは「せめて今日くらい一緒に……」と泣きついてきた。
「馬鹿、こっちで一日過ごしたら向こうで十二日経ってるんだ。警察沙汰だろ」というこちら側の事情に通じているシロムの説得もあり、ヒナタは渋々了解した。
「絶対にまた来てね。絶対だからね」と何度も念を押すヒナタに、麻美は謝った。
「ごめんね。ヨナとしての自覚も記憶もないけど……それでも、また来るよ」
ヒナタは涙を流しながらも、笑顔で頷いた。
ふたりに見送られながら、麻美は拝み岩へと通じる石の塔の中へと潜り込んだ。
元の世界への帰還は、あっさりと叶った。あまりにもあっけなく、今まで自分が見たものが、すべて夢だったのではないかと思うほどに……。
山を下りて時間を確かめると、あれからおよそ一日が経ち、日曜日の昼過ぎになっていた。向こうで二時間ほど過ごしていたということだろう。
明日は月曜日。また仕事の日々に備えて、はやく自分の家に戻らなければ……そう思って、麻美は駅へと急ぎ、深間坂を後にした。
とはいえ、果たして、自分はこのまま元の場所に戻れるだろうか。
「元の場所」というのが何を指すのかもわからないまま、ぼんやりと考える。
新幹線がトンネルに入り、真っ暗になった窓に、自分の顔が映りこむ。その瞳をじっとみて、わたしはわたしに問いかける。
あなたはいったい何者なの? 須藤麻美? ヨナ? それとも……。
麻美は首を振った。きっとまだ、その答えを出すのは早い。とりあえずは、自分から伸びてゆく枝葉の行方をのんびりと眺めてみよう。
わたしは、膝の上の鞄から、『風の通い路』を取りだして、またあの絵を眺めた。
古賀雅治は、自分の名を捨て、シロムとして生きることを選択したという。
「でも……本当にそんなこと、できるのかな?」
絵に向かって、麻美はひとりごちる。
わたしの手の中には、たしかに「古賀雅治」の作品が残っている。深間坂の人々も、変わり者の芸術家「古賀雅治」を覚えている。
そんな簡単に捨てられないんじゃないの、生き方って。ねえ、そうじゃない?
ふと、ヒナタの顔が脳裏に過ぎる。
そう。だから、ヨナの魂だって、ちゃんとわたしの中に残ってる。わたしの心の中で、あの世界のことをずっと夢見ていたんだ……。
ふわあ、と麻美は欠伸をした。
……そういえば、まだまだふたりには訊きたいことがたくさんある。
この本には「個人藏」とあるけれど、それじゃあ本物の『風の通い路』の絵はいったい誰が持っているんだろう。せっかくだし、実物を見てみたい気もする。
あと、あっちの世界のわたしには、家族は、友人は、どれくらいいたんだろう。皆、どんな生活をしていたんだろう。また、今度会ったら訊いてみよう。
これは約束だよ。あの風の吹き渡る大地の上で、また会おう。
それまでは、夢とも現実ともつかない世界を生きていこう。また、次に目が覚めるまで……長い長い夢をみていよう……。
町へと帰る人々を乗せて疾走する車両の中で、麻美は静かに目を瞑った。
- 了 -
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