風の塔に眠る夢 - 10
穏やかな風に頬を撫でられ、麻美は目を覚ました。
部屋の中がいつもより明るい……電気をつけっぱなしで眠ってしまったか。それに開けたままにした窓から風が入ってきているようだ。それに、ベッドの寝心地がいつもと違う気がする。
眠りから覚めたばかりだというのに妙に体が重い。なんだか、とても長い夢を見ていたような……。
麻美は、目を擦りながらむっくりと身体を起こし、目を開いた。
そして、目の前に広がる光景を見て、「あれ……」と間の抜けた声を出した。
どこまでも続く草原と、青天に向かって立つ石の塔。それは、あの夢の中で何度も見た光景だった。風の吹き渡る大地の真ん中で、麻美は寝転んでいたのだ。
ああ、まただ。わたしはまだこの夢の世界に閉じこめられている。きっと現実のわたしは、自分の部屋のベッドのうえで寝息をたてているのだろう。
後ろを振り返ると、青空に突き刺さっているのではないかと思うほどの石の塔が聳え立っていた。
それは何度も夢に見たおなじみの景色だが、なんだか様子がおかしいことに気がついた。いつもなら、わたしは純白のワンピースを身に着けた少女の恰好をしているはずなのだが、今のわたしは、現実と同じような格好をしている。
脳天に矢がつき立ったように、深間坂という町を訪れていた記憶が唐突に蘇る。
麻美はがばと立ち上がった。
「拝み岩は? 間多良山は……?」
頭の中に浮かび上がるのは、あの拝み岩の中で起こった信じがたい出来事だった。
強風に飛ばされて辿り着いたこの場所は、まさか夢の世界などではなく、深間坂から地続きにあるというのだろうか。
麻美は、自分の背後に立つ石の塔に近づいてみた。
そこにはやはり夢の中と同じく、頑丈な木製の扉がついている。ただし、それを封じていたと思われる鎖はだらんとぶら下がっており、そこに掛かっていたと思われる錠も、力なくそこに引っかかったままで、扉は半開きの状態になっている。
まさか、自分はこの扉の奥から飛ばされてきたのだろうか。
麻美はゆっくりと扉に近づいて、わずかに開いた隙間から、その奥を覗こうとした。
その時だった。
「そこで何をしている」
突然、背後から男の声が響いた。
「ひゃっ」
冷や水を浴びせられたような声を上げて、麻美は後ろを振り返る。そこには、ローブを身に着けたひとりの男がこちらを傲然と睨むように立っていた。
「あ、あの……わたしは、その……」
いったい何をどこから説明したものか、麻美がへどもどしていると、男は眉根に皺をつくったまま、麻美の背後にたつ塔を見あげて言った。
「お前、この塔の門を通ってきたのか……? ということは、深間坂という町の、間多良山から来たのだろう。違うか?」
麻美は驚いて、男の顔を見た。
「なんで、そのことを……」
その時、麻美は気がついた。その男の顔に見覚えがあるということに。
「ちょ、ちょっと待って……」
慌てて、背負っていた鞄の中から『風の通い路』を取りだして、その中にある一枚の写真と、目の前の男の顔を見比べた。
目の前の男は、写真の中で、自分の作品を満足げに眺めている古賀雅治とまったく同じ、瓜二つの顔をしていた。
「まさか、あなたが古賀雅治……?」
麻美のその言葉に、男はくしゃっと相好を崩した。
「その名で呼ばれるのは久しぶりだな……その通り。古賀雅治とは俺がそっちの世界にいた時の名前だ。それに、その手に持っている本」
古賀は、麻美が持つ『風の通い路』を指さした。
「それは、俺が残した作品集だ。懐かしいなあ。ちょっと見せてくれ」
古賀は麻美の手からひょいと取り、ぱらぱらと捲る。
「いや、本当に懐かしい。よく持ってきてくれた……これをどこで?」
古賀は、普通の世間話を始めるような調子で気軽に話を始める。
「そんなことより、説明してもらえませんか」
麻美は、古賀のその言葉を遮るように言った。
「ここは……この世界は、いったい何なんです」
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