遠い月まで吠えるもの - 4
四人は遊歩道の真ん中に座って、夜空を見上げていた。夜空に浮かぶ満月も同様に、こちらを見下ろしている。その威風堂々たる姿はまるで、夜の町を統べる女王のように見えた。宇宙という孤独な空間にありながら、煌々とした光を投げかけている。この町のどこに逃げたとしてもその光からは逃れられず、夜の間の自分たちの一挙手一投足は、すべて彼女の管理下にあるように思えてならない。ここは深間坂の中であるはずなのに、なぜだか遠く離れた場所に来てしまった気がするのだった。
カイトも、おそらくは他の三人も、ここに来た目的を忘れて、しばらくの間、ぼうっと月を眺めていた。とてもお月見という雰囲気ではないが、これはこれで悪くないかもしれない。
そんなことを思っていた時、リョータが呟いた。
「静かなもんだな」
「ああ、そこらじゅうで鈴虫は鳴いてるけどな。でも、これはこれで風情が……」
「バカ、そうじゃねえよ」
リョータは、じろりとこちらを見た。
「ここに来た目的を忘れたのか? オオカミだよ、オオカミ。遠吠えなんて全然聞こえないじゃん」
「ああ、そうだった」と、カイトとチハルの声が重なった。
「どうする、てっつん。まだ粘ってみるか?」
リョータの問いかけに、てっつんは渋面を作る。この話を持ち出した張本人としては、もうすこしここで頑張りたいようだ。
「オオカミねえ……ここまで来てから言うのもなんだけど、やっぱり信じられないよ。普段人が足を踏み入れない深山幽谷ならともかく、こんな郊外の緑地じゃなあ」
「じゃあ、俺が聞いたのは何だったんだよ。それに、あの臭いは……」
それはわからん、というようにリョータは手を挙げてみせた。
てっつんは突然、苛立ったようにがばりと立ち上がる。
「お、おい、何だよ。八つ当たりか?」
「違う。拝み岩を調べてみる」
ぶっきらぼうに言って、てっつんは懐中電灯のスイッチを入れた。
他の三人は顔を見合わせると、のろのろと立ち上がり、てっつんの後に続いた。
拝み岩は、四人が腰を下ろしていた遊歩道からすこし外れた茂みの中に鎮座していた。宙から降り注ぐ月光も、近くの街灯の光も木々に遮られ、今は完全な闇の中に沈んでいる。
四つのLEDライトに照らし出された、その堂々たる巨岩の威容は、四人に十分すぎるほどの威圧を与えた。
「夜の雰囲気のせいかな……こうして見ると、なかなか迫力あるな」
「神々しいのか、禍々しいのかわからんが、いろんな噂が流れるのも納得だ」
そんなことを言いながらも、まったく無遠慮に岩のあちこちを触っている。
「怖いもの知らずだなあ。罰が当たるぜ」
リョータは呆れたように言うが、てっつんもチハルも意に介さない。
「別に、これが神仏の代わりってわけじゃないんだろ? 大丈夫だって」
カイトも何度かこの場所を訪れたことはあるが、こうしてじっくりと観察してみるのは初めてのことだった。強心臓のふたりに倣い、思いきって岩に触れてみる。ひんやりとした感触が掌を通じて心臓に突き刺さるようだった。はるか遠くに浮かぶ月も、触れたらこんな感じなんだろうか、とカイトは想う。
異変が起きたのは、その時だった。
突然、足元の地面がぐらりと揺れたような気がした。
地震だ、とカイトは思ったが、すぐに違和感に気がつく。
地面が揺れているのではない。大地がぐにゃりと形を変えて足ごと呑み込むような、奇妙な感覚。立っていた場所が、何の前触れもなく底なし沼に変わったような……。
「うわっ……」「おっ?」「え?」「何だ?」
皆も同じような感覚を味わったらしく、口々に素っ頓狂な声をあげる。慌てて、足を引き抜こうとしたが、次の瞬間、足裏は固い地面を踏みしめていた。地面を踏みつけてみるが、先ほどまで立ってたのと同じ、ごく普通の土の上だ。
ぽかんとして、皆の顔を見る。すると他の三人は、いったい自分の身に何が起こったのかと言いたげな、どこか間の抜けた表情を浮かべていた。きっと、自分も同じような顔をしているのだろうと、カイトは思った。
「今のは何だ……地震か? そうだよな?」
チハルが同意を求めるように、皆の顔を見る。
「いや……俺もそう思ったが、地震だと思った次の瞬間に揺れが止まってた。明らかに変だ、今のは……」
リョータは言った。カイトも頷く。
「それに、地面が揺れたって感じじゃなかった。何かに足を掴まれたような感じがした」
四人の視線は、自然と拝み岩の方に集まった。
「何か、ヤバいことしちゃったんじゃねえかな……」
てっつんが、皆が口にするのを恐れていたことを代弁するように呟いた。
「とにかく、今すぐここを離れた方がいい気がするんだけど」
リョータの提案に反対する理由はなく、四人は揃って遊歩道の元来た道を急いで引き返した。
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