雨に語る話 - 3
カラン、と氷が音をたてた。
それが、諒子の話が終わったことの合図であるかのようだった。
しばらくの間、美紀も諒子も黙っていた。
諒子は、話すべきことは話したといった風で、コーヒーに口をつけた。
美紀の方はというと、その話をどう受け止めるべきかわからず、ただ困惑するばかりだった。
「……なるほどね」
とってつけたような相槌を打ってはみたものの、何の意も含まない空虚な五文字は、重苦しい空気に潰されてぽろぽろと空中分解した。
突然、美紀はいいようのない寂寥を感じ、自分の肘を撫でさすった。
気がつくと、先ほど降り出した雨が勢いを増したらしく、強い雨の音が美紀の耳朶を打った。いつの間にか、本格的に降り出していたらしい。
美紀は、曇天に覆われた窓の外に目をやった。
窓の表面を雨水が流れ、小さな滝をいくつもつくっている。
昼過ぎだというのにヘッドライトをつけて、水たまりを撥ねながら通り過ぎる車。
身をかがめながら傘を差し、とぼとぼと歩道を歩く学生たち。
どうとでもなれといわんばかりに、雨中にその身を晒しながら自転車をこぐ若者。
遠雷に混じり、急患を迎えに走る救急車のサイレンが、町のどこかから聞こえてきた。
美紀は、窓から目を外し、ほとんど手を付けていない目の前のアイスコーヒーに目を落とした。
黒い液体に自分の顔が映りこんでいる。それをみた途端、美紀は息苦しさを覚えた。
なんだろう。この息の詰まるような嫌な感じは。この、雨に閉じこめられたような閉塞感。
わたしはなぜ、この女の与太話なんかに付きあっているんだろう。
そもそも、わたしはなんでこんな場所にいるんだっけ?
「大丈夫? なんだか具合が悪そうだけど」
諒子は、わたしの顔を覗き込むように言った。それがなんだか白々しく聞こえて、余計に気分が悪くなる。
「うるさいわね……」
美紀は、あえて自分の不機嫌を隠さずに言った。
「長々と説明してくれたところ悪いけど、結局、それがわたしとどう関係あるっていうのよ。生憎だけど、わたしはその踊り場に行ったことなんて一度もないのよ」
美紀がそういうと、諒子はすこし目線を泳がせた後、何も言わずに目を伏せた。
「何よ、まだ言いたいことがあるのなら、全部いいなさいよ。それに……」
剣呑な雰囲気を察したのか、マスターが心配そうにこちらに視線を向けていることに気がついた。しかし構うものか。美紀の口は止まらなかった。
「それに、久保田君はどこにいるのよ。わたしは彼に呼ばれたからここに来たのよ。大事な話があるっていうから……久保田君は今、どこでなにをしてるのよ」
「それは……」
諒子は何か言いかけて口ごもる。
「いいわよ。それなら、わたしから連絡してみるから」
そういって、美紀がスマホを取りだすと、「無駄よ」と諒子が言った。
「彼、きっと電話に出ないわ」
「どういうことなのよ。知ってるなら教えてよ」
美紀が問うと、諒子はやや逡巡した後、呟くように言った。
「彼は今、この世にいないのよ」
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