第4話 校内序列戦②

 笹原は水飲み場で頭から水をかぶり、先ほどの試合を思い返す。

 カウンターを得意としながら、カウンターを出す術もなく敗北した。しかも相手は入部したばかりの新入生。とは言え、事前に試合を確認し、上級生を相手に勝利している姿も確認していた。

 油断も慢心もなかった。只々相手が、浅間春が強かった。そして――。

「無様だな」

「……連」

 笹原はタオルで髪を拭きつつ、顔をあげると連と目が合う。

 村標連。

 実力主義の櫻舞中剣道部において、中学から剣道を始める者は稀であり、その中でもレギュラーの座を掴み取れた者はOB含め、3名しか存在しない。

 連は現部員の中で唯一中学から剣道を始め、序列3位の座を掴み取った。 

 入部当初は中学で剣道を始めた連よりも、小学生の頃から剣道を始めていた笹原の方が遥かに強かったし序列も上だった。

 しかし今では……

「わざわざ無様に敗北した俺を笑いにでも来たのか」

「俺はそこまで暇じゃねぇんだよ。雑魚が」

「……だったら何の用だよ」

「……警告だ」

”警告”

 その言葉だけで、連が何を言いたいのかを理解した笹原は、思わず連の胸ぐらを掴み上げる。

「俺をあいつらと一緒にするんじゃねぇよ」

「……離せよ」

 現三年部員にとって、二年前に剣道部で起こった出来事は、癒えない傷として、今なお心に刻み込まれている。特に当事者の一人である連は、その性格すら変えるほどに……。

 笹原が手を離すと、連は自分の襟を直しながらそのまま背を向ける。

 「悪かったな。お前なら大丈夫だと分かってはいてもどうしても、な……」

「……」

 お前のせいで。

 お前なんかいなければ良かったのに。

 お前なんか――。

 二年前、連は様々な罵詈雑言を、悪意を浴びた。

 気持ちが分かるなんて言えない。連が苦しんでいる時、笹原は何もしていないのだから……。

 でも――。

「連」

「ん?」

「剣道、楽しいか?」

「……んなもん、決まってんだろ。俺は楽しむために剣道やってんじゃねぇ。約束を果たす為に剣道をやってんだよ」

 それだけ告げると、連はその場を後にする。

 ため息一つ。 

「あいつはそんなの望んでねぇよ――」

 「わざわざ悪いな」

「いえ、俺も龍ヶ崎先輩と話してみたいと思ってましたから」

「そうか。そいつはちょうど良かったな」

 部活終了後、春は暁と共に屋上へと来ていた。

 土曜日の本日は午前授業。午後からは部活の時間にあてられていたが、剣道部の今日の部活は序列戦のみ。かつ、準々決勝以降は翌週行われる為、日はまだ高く、校庭からは野球部やサッカー部の活気ある声が聞こえている。

 龍ヶ崎暁。

 櫻舞中剣道部三年。その序列は101位であり、次の春の対戦相手。

 次の試合に勝つことが出来れば準決勝進出となり、団体戦でのレギュラーの座が確定する。負けた場合は5位決定戦に回ることとなり、5位になることが出来れば団体戦に出場することが出来るが、櫻舞中剣道部で個人戦に出場出来るのは序列2位まで。即ち、次の試合で敗北すれば、個人戦での出場の道が絶たれてしまう。

「んじゃ、単刀直入に聞くがお前―――」

 暁は屋上中央付近まで行くと春へと振り返り、

「ソース派、醤油派、どっち派?」

「………はぁ?」

 暁の意外、というより突拍子もない話に春は思わず首を捻る。

 ため息一つ。

 暁は乱雑に頭をかくと、

「察しが悪いなぁ。目玉焼きにソースをかけるか醤油をかけるかどっ――」

「序列第1位水瀬龍馬―――」

 暁が話している最中、不意に発した春の言葉に暁は口を閉じ春を睨む。春はそんな暁の鋭い瞳をどこ吹く風とばかりに受け流しつつ、暁へとゆっくり歩み出す。

「序列第2位遠野拓海。序列第3位村標蓮。そして―――」

 春は暁の直前で止まると、

「序列第101位竜ヶ崎暁」

 暁を睨み返す。

「うちの部員数からして序列101ってありえないですよね。それに先輩、実力隠してますよね」

「買いかぶりすぎだ。俺はお前が思ってるほど強くないさ」

「そうですか?とてもそうは思えないんですけど」

「……何が言いたい?」

「さぁ。何が言いたんですかね~。ただまぁ―――」

 春は暁に顔を近づけると、

「明後日の俺との試合は全力出してくださいよ。でなければ、喰っちゃいますよ」

 二人を沈黙が包み込む。二人の声が止んだ屋上には、サッカーボールをける音と、野球ボールを打つ甲高い音。そして活気の良い声が音を奏でる。

「さてと―――」

 どれほどの時間が経過しただろうか?

 春は暁から顔を離し、唐突に口を開くと、

「では先輩。自分は用があるのでこれで失礼しますね」

 一歩後退り一礼すると、振り返り、屋上のドアへと歩みを進める。

「春、先輩から一つ忠告してやる」

 振り返ることなくドアへと向かう春に、暁は気にすることなく言葉を続ける。

「お前こそ、さっきの試合も含めて本気出してねぇだろ」

 暁の確信にもにたその言葉に、春は歩みを止める。

「ここから先は強者のみが生き残る世界。本気を出せないのと出さないのとでは訳が違う。本気を出せないのならしょうがないが、本気を出さないのなら、それこそ俺が潰してやるよ」

「……ご忠告どうも。あっ。そうだ、先輩」

「なんだ」

 春は顔だけ暁へと向けると、

「因みに俺醤油派ですから」

 それだけ言い残すと、春は屋上を後にした。

「醤油派かぁ~」

 一人屋上に残された暁は、春が去り際に言った言葉を呟くと、ズボンのポケットから棒つきキャンディーを取り出し、口へと放り込む。

「どうりでお前と合わないわけだ。なぁ、龍馬―――」


「私はマヨネーズ派かなぁ」

「えっ、突然何の話?」

 唐突に切り出した秋子の言葉に、綾乃の頭上に疑問符が浮かぶ。

「目玉焼きにソースをかけるか、醤油をかけるかっていう話でしょう?私は目玉焼きにはやっぱりマヨネーズかなぁ」

 秋子の言葉に綾乃は頭を抱えると、盛大なため息一つ。

「何で春君の話が急に目玉焼きの話に変わるかな~」

 綾乃の言葉に今度は秋子の頭上に疑問符が浮かぶ。

「えっ。春の話って何?目玉焼きに何かけるかって話じゃなかったっけ?」

 またしても盛大なため息一つ。

「ないわ~」

「えっ。何?何がないの?」

 疑問符を浮かべる秋子に再度、盛大なため息一つ。

「やっぱないわ~」

「だから何がないのよー」

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