第3話 校内序列戦①
櫻舞中学校 第二剣道場
水瀬龍馬は、面越しに立つ少年を真直ぐに見据える。
中段に竹刀を構え、龍馬の動きを見逃すまいと、その一挙手一投足に集中力を傾ける少年。
龍馬が半歩近づけば、半歩下がり、龍馬に間合いを作らせず、かつ、右に半歩進み、自分の優位となるポジション取りを探す。
龍馬は一つ、息を吐くと、中段の構えを解き、足を半歩下げ、半身になり、まるで真剣を扱うが如く、居合いの構えをとる。その姿勢は自然体でありながら、全く隙が窺えない。まるで相手を近づけさせないようなオーラすら感じる。
「遠慮は不要だ。全力でかかってくると良い」
龍馬の言葉に、その姿に、少年は息を呑むと、竹刀を握り直し、手に力を込める。
勝敗は一瞬。
主審一名、副審二名が手に持つ旗を一斉に上げる。
その瞬間、場内に歓声が響き渡った。
〇
「お疲れ様です。部長」
防具を片付け、第二剣道場後方に貼り出されているトーナメント表へと目を向ける龍馬に、背後から声が掛けられる。
「お前も勝ったようだな、拓海」
龍馬は手に持つスポーツドリンクを一口喉に流し込むと、目線をトーナメント表から外すことなく、返答する。
遠野拓海。
二年生ながら龍馬に次ぎ、櫻舞中剣道部序列第二位に席を置く実力者であり、龍馬の右腕と称される拓海は、龍馬の隣に並ぶと、龍馬と同じようにトーナメント表へと目を向け、楽しげな声を上げる。
「序列戦、ここまでは予想通り、ですね」
櫻舞中剣道部恒例、校内序列戦。
部員数三十八名を誇り、全国中学生剣道大会における、昨年度の覇者である、櫻舞中剣道部の伝統行事にして、その強さの秘訣。
全部員により行われるトーナメント形式の戦いであり、このトーナメントの結果次第で、剣道部内での序列が決まる。
そして今現在、ベスト八をかけた戦いが第一から第三剣道場で行われているが、拓海の言葉通り、序列上位の者が順調に勝ち進んでいる。だが―――、
「浅間春、ですか………」
拓海は龍馬の見つめる視線の先にある名前を確認し、呟く。
「あぁ。拓海、お前の目から見て、奴はどうだ?」
「そうですね~」
龍馬の問いに、拓海は顎に手をあて、考える素振りを見せると、
「強いと思いますよ、彼は。動きにきれがあり、駆け引きも一流。そして何より、彼の竹刀からは迷いが感じられない。新入生でありながら序列戦ベスト十六に入るのは伊達じゃないと思いますよ。しかし―――」
「次の相手、笹原には勝てない、か」
「えぇ。笹原先輩は序列第五位にしてカウンター技の天才。浅間春は自分から仕掛けていくタイプのようですし、相性が悪いと思います」
「ふむ。確かに拓海、お前の分析は正しいが………」
拓海の考えに龍馬は思案顔で頷くと、唇の端を歪め、
「果たしてどちらが喰われるかな」
楽しげな笑みを見せる。
龍馬の表情に、初めて見せるその笑みに、拓海の背中をひやりとした感触が伝う。
「部長は浅間が勝つと?」
「さぁな。だが―――」
唾を呑み込み、緊張した面持ちで尋ねる拓海に龍馬は楽しげに笑うと、第一剣道場へと目を向ける。
(お前が簡単に負けるわけないよな。春―――)
〇
櫻舞中学校 第一剣道場
浅間春は面越しに、竹刀を中段に構える笹原という名の少年を、少し冷めた目で見つめていた。
「攻めてこないんですか? 攻めないと勝てないですよ? 先輩」
「その言葉そっくりそのまま返すよ、後輩」
春は自分の挑発に全く乗ってこず、姿勢を崩さない笹原に対し、内心で舌打ちした。
試合が始まり、もうそろそろ一分になるが、笹原は一向に打ってくる気配がない。
ため息一つ。
「では、遠慮なくいかせてもらいますね、先輩♪」
春はまるでいたずらっ子のような無邪気な笑みを見せると、大きく息を吸い込み、目の前の笹原から注意を反らすことなく、中段に構えていた竹刀をゆっくりと引き上げ、上段の構えをとる。
「我流 弐の型」
そして、吸った息を吐き出し終えた春の姿は、目の前にいる笹原の視界から、いや、観戦していた他の剣道部員達全ての視界から消えると、次の瞬間、
「めーーーーんっ」
第一剣道場に春の声と、竹刀の渇いた音が響き渡った。
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