第2話 王子様は日本にいない

 春一番。

 立春から春分までの間に初めて吹く、暖かく、強い南よりの風のこと。

 即ち、漫画や小説などのサービスショットとして都合良く吹く風のことであり、スカートを着用する女子中学生の敵である。


 閑話休題。


 春。

 横断歩道を渡り、コンビニエンスストアの先のT字路を右折すれば、左手に見えてくるのが私たちの学びや。

 県立繚乱中学校。

 正門をくぐれば、左手にはグラウンドが見え、朝7時だというのに練習に勤しむ、サッカー部と野球部の面々。両部活とも、5月に新人戦を控えている為、放課後の部活に加え、朝練も実施しているようだが、こんな朝っぱらから大きな声を出していて、近隣住民から苦情はこないのだろうか?謎である。

 右手には対象的に静まり返った体育館が見え、その体育館の隣。駐車場の中央に設置された巨大な一本桜。

 その一本桜の下で結ばれた二人は永遠に離れることはない。

 という、どこの学園にでもあるような、よくある都市伝説を持つ一本桜。

 春の暖かな風が吹き抜け、その伝説の一本桜の花びらが華麗に舞う。

 ふいに強めの風がふき、平山秋子は思わず目を瞑り、風に靡く、長い髪とスカートを軽く抑える。

 風がおさまり、瞳を開けた次の瞬間。

「あっ―――」

 平山秋子は恋をした。


「一本桜の下で王子様と出会った~?」

「そうなの!」

 朝のHR前。繚乱中学一年三組教室。秋子は今朝の一連の出来事を、親友である柊綾乃に語り聞かせる。

 綾乃は一通り、秋子の話を最後まで聞き終えると、頭を抱え、ため息一つ、

「秋子、あなた………頭、大丈夫?」

「失礼な。私は至って平常運転よ」

 腕を組み、憮然として応える秋子に、再度、ため息一つ。

 綾乃は窓の外に咲く桜の花を遠い眼差しで見つめると、柔らかな笑みを浮かべる。

「あぁ、春だからね~」

 綾乃のセミロングの茶色い髪が、春の優しい風に靡き、とても絵になっている。が、そんなことはどうでもいい。

「ちょっと~。それ、どういうことよ~」

「秋子……」

 唇を尖らせると、頬を膨らませる秋子に、綾乃は真面目な眼差しを向けると、

「日本に王子様はいないわよ」

「~~~綾乃――――っ!」


「ごめん、ごめん。謝るから許して、ね」

 昼休憩になっても以前、ふくれっ面の秋子の前で、綾乃は可愛らしく謝罪する。

 否。

 秋子は理解していた。

 綾乃の謝罪は、ポーズのみであり、本気で謝罪してはいないということを。

 そもそも本気で謝罪しているのであれば、こんなに可愛らしくはならないだろう。

  かくいう、秋子もふくれっ面はポーズであり、もうすでに怒ってはいない。

 怒ってはいないが―――

「カラフルパリチョコサンデー」

「うっ……」

 秋子の要望に、綾乃は思わず言葉を詰まらせる。

 カラフルパリチョコサンデー。近くのコンビニで販売しているソフトクリームであり、価格280円也。

「せめてサンデーにしない?」

「DXカラフルパリチョコサンデー」

「うっ……」

 DXカラフルパリチョコサンデー。近くのコンビニで販売しているソフトクリームであり、価格350円也。

 これ以上は藪蛇になりかねないと判断した綾乃は、

「そっ、そんなことより、王子様といえば春君。櫻舞中に進学したんだね、彼」

 話を逸らす。

「王子様といえば春。っていうのはいまいち分からないけど、綾乃は春が櫻舞に進学したこと知ってたんだ」

「知ってたんだも何も、春君は今や超有名人よ」

「春が超有名人?」

「秋子、あんた本当に知らないの?」

「?」

 疑問符を浮かべる秋子に、綾乃は(盛大な)ため息一つ。

「いや、実はね―――」

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