あの曲を奏でし君へ

kenji

第1話 Vergangenheit

 城下。

 黒装束に身を包んだ男性の前に立ち塞がるは、漆黒の軍服の女性。透き通るような真っ白な肌、長い黒髪に、深紅の瞳。その瞳に宿るは――。


「仇討ち……か」


 男性の呟きに女性は頭を振る。

「仇討ち? 残念ながらそれは私の役目ではないわ。仇討ちは討つべきものが討ってこそ、でしょう?」

 そう。だからこそ、女性はその役割を彼女へと譲った。

 狂おしいほどに彼を愛していた、姉に――。


「ほう。ならば何故、何故我が前に立ち塞がるか」

「そんなものは決まっているでしょう?」

 女性は瞳を閉じ、思案する。

 

 神は己が糧とすべく人を裁き、その裁きに抗うべく、人は神を討伐してきた。

 水と油。互いに決して相容れぬ存在。

 討伐される前に人を裁き、裁かれる前に討伐する。それが神と人類。

 そこにあえて理由を挙げるとするならば、それは――。


「おいたした犬の躾よ」


 女性はゆっくりと瞳を開くと、男性を真っ直ぐに見据える。

「弱き者の分際で、我を愚弄するかっ!」

 女性は刀を左腰の鞘に収めると、居合の構えを取る。

「たとえ神であろうと、私の風(自由)は止められない」

 女性の周囲には強風が吹き荒れ、相反するように男性の周囲の空気が、風が凪ぐ。

 神の中でも、討伐難度SSランクに指定される四天の一角にして、最強と名高い、

 北の守護者 多聞天。

 相対するは、”組織”所属、九州支部のエースにして、日本支部に六名しか存在しない、

 等級零 第一席 剣聖 浅間今日奏(きょうか)。

「……」

「……」 

 互いに数多くの修羅場を経験し、敵を屠ってきたからこそ感じる。

 これより、一歩でも踏み込めば相手の間合い。だが動かなければ待つのは死。


「……」

「……」


 長く続く沈黙の後、多聞天の足が僅かに動く。刹那――

「はっ!」

「浅間流始まりの型零式ッ」

 風と風が激しくぶつかり合う。

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