江戸のハナ

おじさん(物書きの)

分岐点

 2012年、人類は行き詰まっていた。

 人災、天災、あらゆる負の連鎖に人々は疲弊し、絶望の渦にあった。

 そして止めを刺したのが三日前に報道された流星群。それを見つけた観測者は突如現れた流星群に卒倒したという。何故なら、その流星群は全て地球に向かっていたからだ。

 人々の混乱は凄まじかった。それもそのはずだ。明日、人類は滅亡します——そんな冗談のような事が現実に起こり、刻一刻と時間が消費されているのだから。


 その日、色々な事があった。人々の怒号、泣き叫ぶ人達、裸で歌う酔っぱらい。神に祈る人もいれば、神は人類を見捨てたと叫ぶ人もいる。そんな大人達とは対照的に、子ども達は無邪気に走り回っていた。この喧噪が祭りだとでも言うように。


 夜、実家の屋根に上り、その時を待っていた。

「最後のデートが屋根の上なんて私達くらいだよ。何か美味しいもの食べに行きたかったのに」

「どこもお店開いてないでしょ」

「そうだけどー」

「そろそろかな」

「ねえ」

「なに?」

「最後に何か言ってよ。好きだーとか」

「最後に——か」

 彼女の手を取り立ち上がる。細い腰を抱き寄せて唇を重ね、空を見上げた。

「よし——たあああ、まやあああああー!!」

 俺の叫び声と同時に、空に華が咲いた。

 それは馬鹿みたいに大きな花火だった。視界いっぱいに広がる光の粒が七色に変わり、彼女の横顔を染める。

「すごい! すごい!」

 この花火にはどでかい想いが込められているんだろう。きっと世界中の人達が童心に返り、何かを感じているはずだ。


 何もかも忘れ、人々が空を見上げているこの時間、地球は幸福に包まれていた。


 テレビではUFOがどうとか某国の秘密兵器の実験だとか、したり顔のコメンテーター達が馬鹿みたいな議論を交わしていた。

 数ヶ月前に蔵を掃除していて見つけた手紙、これを彼らに見せたらなんと言うだろう。



 空から人がやってきた。俺の花火を気に入ったんだと。それにしても頭ん中で声がしてなんともくすぐってえ。

 そいつが言うには、俺の花火で世界を救うんだとよ。馬鹿げた話だが夢があるじゃねえか。こいつは大仕事になりそうだぜ。

 

 暫く家を空ける事になるだろうが心配はいらねえ。一世一代の大花火、江戸の夜空に咲かせてみせらあ。


  玉屋 清吉

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