第16話 画策

 僕としては墨乃地すみのち先生は面倒見がよく、親身になって生徒の相談に乗ってあげていた、という話だからとてもいい先生だと思った。鬼記島先輩たちを警察に突き出したのも1年以上も説経したあとのことらしいし、最後の手段だったんだろう。


 鬼記島先輩のお父さんが政治家だ、というのも下手をしたら計算に入れてたかもしれない。その先生がタバコの不始末か。酔っぱらってたっていうから不運というしかなかったのだろうか。


 ◇


 翌日1998年12月15日からは墨乃地先生の火災も僕はついでだったし、それとなく聞き込みをするようになった。


 得られる情報は墨乃地先生のいいところ、無海住むかいずみ教頭と鬼記島ききじま先輩の悪い噂、そんな話ばかりだった。


 思った以上に咲見崎さみさき先輩の情報も得られなかった。小柄な女の子で品行方正と言われた通り真面目だった。才色兼備と噂のとおり綺麗で勉強もできたよ、買い物もよくしてたね、という前から知ってるような情報ばかりが手に入った。


 1998年12月17日になっていた。特別、目新しい情報を僕は得られなかった。


 何も物事が進まない。そう思っていた時、ガタッと音がした方向を見ると鬼記島とその取り巻き2人がいた。


なんだろうと思って

「どうかしましたか? 鬼記島先輩」

 と聞くと

「なんでもねぇよ。あるわけねぇだろが!」

 と言って、3人そろってどこかへ行ってしまった。


 なんで意味もなく怒られたんだろう? と不思議に思っていた。捜査は行き詰っていた。何も情報がでてこない。白川しらかわ所長も警察に動きはないといっていた。


 そんな時だ。僕は無海住教頭に呼び出された。なんだろうと思って無海住教頭に会いに行くと

「君にはすぐに転校してもらう。転校日は来てもらったときと同じ1週間後、つまり12月24日ってことだ。いいね?」

 僕は耳を疑った。


「1週間でまた転校!?」

 この教頭は何を言ってるんだ? と思った。


「ですが、無海住教頭先生! この事件はまだ何も分かってないんですよ!?」

「事件は警察が調べますよ。それで充分だとPTAの方々には私がご説明して納得して頂いたんです。ですから学校側としては何も問題はない。君が調べまわるのは迷惑でしかない」

 と言いだした。


「僕は調べてくれというから調べたんですよ? それを迷惑っていうなら、初めから僕を呼ばなければいいじゃないですか!」


「PTAの方々の意見を断り切れなかった角田校長先生の落ち度です。私のせいではありません」

 といってニヤリと口の端を吊り上げて無海住教頭は嗤った。


 角田校長は『PTA側の意見を聞いて警察と交渉してくれたのも無海住教頭先生だ』と言っていた。この言葉を思い出し無海住教頭が嘘をついていると思った。


 わらう無海住教頭の顔を見て、鬼記島先輩がこそこそ僕の周辺で嗅ぎまわっていたのを思い出した。そしてこの無海住教頭が僕を捜査から遠ざけよう、と根回しした結果かと考えた。


「僕の転校は1週間後ですよね? じゃぁ、1週間は自由にさせてもらいます。今まで通り捜査をさせて頂きます」

 恐らく角田校長も警察も、無海住教頭がPTA側の意見をとりまとめてしまったので、断れなかったのだろうと考えた。


「ご自由に。たった1週間で何ができるかみせてもらいましょう。期待してますよ?」

 と高らかに嗤う無海住教頭だった。


 ◇


 僕に残された捜査時間はあと7日間しかない。白川しらかわ所長に僕は報告に行った。

「その落ち込みっぷりは捜査があと7日間しかないって言われたのかい?」

 と白川所長は微笑む。


「なんでそんな落ち着いていられるんですか!?」

「井波田君はこの事件を解決するのにたった1週間しかないと思うのかい? それともまだ1週間もあると思うのかい? どっちなんだい?」


 煽られた僕は

「まだ1週間もあると思ってますよ! 当然です。こうなったらこの事件の全貌は僕が解き明かします! 解決してみせますよ!」

 と、あのムカつく無海住教頭に吠え面かかしてやる! と闘志を燃やしそう答えた。


 ◇


 というやり取りがあったのがだいたい2時間くらい前だ。でも頭を冷やしてみると、捜査を打ち切りにさせようとしたのは、きっと何か原因があると考えた。捜査は行き詰っていたんだ。あのまま放置してたってそんなに影響がある訳でもないだろうに。なんで急に無海住教頭は根回ししたんだ?


 むしろ邪魔されたことで、事件の核心にちゃんと近づいてる。安心しろと言われてる気さえしてきた。


 時系列にしてみれば咲見崎さみさき先輩の溺死に始まり、皆の話を聞いて回って、鬼記島先輩を叩きのめした。無海住教頭は生徒をすぐに見捨てる人だと知って、墨乃地先生がいい先生だと知った。


 墨乃地先生と桧山ひやま先生は結婚も間近だったが、タバコの不始末が原因で墨乃地先生は亡くなった……。


 分かったことってこれくらいじゃないのか? なんでこんな何も分かってない状況の僕を、そんなに恐れる必要があったんだろうか? 僕はそこに事件解決のヒントがあるのではないか、と改めて考えるのだった。

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