雪が舞い散る冬の一夜の殺人は過去へとつながる物語
冴木さとし@低浮上
第1章 被害者と容疑者たち
第1話 ひとつ転がる溺死体
制服姿の女の子が川辺に金髪を濡らして横たわる。深夜から降っていた雨はいつの間にか雪に変わっていた。そして雪は未だに止む様子をみせていない。
「お嬢ちゃん。こんなところで髪を濡らして、雪まで被って寝転がってたら、さすがに風邪ひくぜ?」
と話しかけた。反応のない女の子にしびれを切らしたおじさんは
「聞こえてるんだろう? 風邪ひいちまうぞ?」
女の子の頭に積もった雪をやさしく手で払い、肩をゆすった。
そして雪のせいとは思えない程、ぐしょぐしょに濡れている制服に気づいたおじさんは、慌てて女の子の顔を見た。そして見開かれたまま閉じない目を凝視してしまったおじさんは
「し、死んでる!?」
と慌てふためき、すぐさま警察へ連絡を入れた。
◇
1998年12月1日の寒い日だ。吐く息も白い。周りも12月に入った途端、クリスマスや年末年始に向けて浮足立っている。はぁーと手に息をかけて少しだけ温まる。僕はいつものように
ドアを開け
「こんばんはー!」
といつもどおり挨拶をする。そんな僕へ
「こんばんは。さて
と笑顔で白川所長は言った。
白川所長は黒髪にチャコールグレーの目をした、中肉中背の均整の取れた体格をした42才の男性でこの探偵事務所の所長だ。背は高いがよれよれのスーツを着ている。
僕は首を傾げる。
「お仕事ですか? 僕に雑務以外のお仕事があるんですか?」
「うむ。君にしかできないお仕事だ。これから君にはセントルミル中等教育学校に転校してもらう。そしてそこで君にしか得られない情報を集めてもらう」
とニコニコしながら白川所長は話す。
「何をおっしゃってるのかよく分からないんですけど、そこへ転校すると、どうして僕の望むお仕事になるんですか?」
と言ったら、急に白川所長は真面目な顔をして、
「セントルミル中等教育学校の高校3年生の
僕は目が点になる。潜入捜査? 探偵として捜査したいとずっと思っていた。その夢が叶うというのだろうか?
「本当ですか!? 僕にぜひ捜査させてください! まずどうしたらいいんですか!?」
「やる気がでてるみたいで実にいいねぇ。君はセントルミル中等教育学校で、生徒として情報を集めてもらいたい。そして警察の捜査内容と照らし合わせこの事件を解決する」
と微笑む白川所長だ。
「警察と連携して捜査もできるんですね!」
と興奮が抑えられない。にっこりと笑った白川所長は
「その通り、これってね。警察の捜査がうまくいってないという話を聞いたんだよ。その警察の知り合いから相談を受けた私が、ちょうど君が高校生だったなと思いだしてね。探偵の仕事を覚えたいって、私の探偵事務所に君が押しかけてきてからもう4年だ。そろそろ君も実際に探偵のお仕事をしたいんじゃないかなと思ってね?」
と、にこやかに答える。
確かに4年くらいずっと雑務しかしてないから、そろそろ探偵の仕事をしたいとは思っていた。そのチャンスが巡ってきたということだ。
「事故か自殺または殺人事件にせよ、捜査は難航してるんですか?」
「その通り、警察は少しでも情報が欲しいそうだ」
「だから僕なんかに潜入捜査の依頼がきたんですね?」
「頼りにしてるんだよ? 井波田クン?」
「任せてください! 伊達に4年もこの探偵事務所で雑務してた訳じゃないですから!」
探偵なら殺人事件を捜査したくて仕方ないけれども、探偵のお仕事なんて基本的には浮気調査と行方不明のペット探しが主な収入源だ。そこを白川所長が警察から相談を受けて巡ってきたチャンスなのだ。
「もちろん私も君に協力するし、警察の情報も私が得られた範囲で全て君に伝えよう。学校関係者には君が転校生として、捜査に協力することも事前に知らせておく。生徒には君の判断で君が探偵だと伝えても伝えなくてもどちらでも構わない。そして事件でも事故でもそれを解明すれば、我が白川徳三郎探偵事務所の実績として大いに宣伝……ゲフンゲフン。という訳だ。協力してくれるかい?」
白川所長は捜査できる環境を整えると言ってくれている。願ってもない条件だ。僕は赤字続きの帳簿を思い出し
「分かりました。僕もできる限り警察の捜査に協力します。警察が調べにくい内部の情報、つまり生徒たちから聞いた話をメインに集めればいいんですよね?」
と答える。白川所長は、にこやかに
「そうだね。その通りだ」
と答えた。
僕が捜査に参加できるのであれば、探偵として捜査し犯人を逮捕する、という幼いころからの夢が叶うかもしれないチャンスだ。それにこのまま何の依頼も受けずに、新年を迎えてしまうと、この白川徳三郎探偵事務所は倒産に向かってまっしぐらだ。
探偵になるための修業の場がなくなってしまう。それだけは絶対に回避しなくてはならない事態だ。今回の案件は僕が探偵になるために大きな経験を得ることができる。
憧れた探偵の仕事でしかも殺人事件かもしれないんだ。僕の学生の立場が役に立つならやってやる、とそう考えることにした。
白川所長は話を続ける。
「少女が着ていた制服からセントルミル中等教育学校の高校3年生、
と
「でね。これがきっかけで
と言われた。僕のすぐにでも捜査に乗り込みたい、という気持ちを後押ししてくれているかのように、この話は進んでいるのだ。
「でもなんの実績もない僕が探偵として動くことを、学校側が納得したのか不思議なんですけど」
余りにも僕に都合が良すぎて、白川所長が騙されてるんじゃないの? と思ったので僕は疑問を
「ああ、それはだね。PTA側の望みを叶えることで不満が少しでも減るなら問題ない。まぁ警察が生徒に咲見崎サヤの事件のことを聞いても、ほとんど何も話してくれないから、ちょっとでも情報が集まるなら最大限、協力するってことなんだよ。情報はギブアンドテイクってことさ」
ということだった。
「警察に情報を与えることが、捜査を続けられる大前提ってことですね?」
そう言ったら白川所長はポンと手を叩いて
「その通り。でも警察も核心はつかんでない。最初は自殺、もしくはなんらかの事故で川に落ちたのではないか? という見解が優勢だった。咲見崎さんっていう子の死因は溺死だ。傷もあったが川に流されてる間についた傷だ、と言われれば否定はできない。そしてルミール川のほとりで発見された。衣服は乱れておらず金目の物もなくなっていない。だから物取りの疑い等々は消えたわけだ」
コーヒーを飲んで一息つき、スプーンでかき混ぜながら白川所長は続ける。
「咲見崎サヤには交友関係のトラブルもなく、自殺する理由も特になかったそうでね。でもね、いいかい? 日本の警察は優秀なんだよ。聞き込みをして、地道な捜査を続けたんだ」
今度は僕がコーヒーを飲んで、身を乗りだして話を聞く。
「警察は死体発見現場から上流を中心に、それこそしらみつぶしにあたって目撃者を探した。その結果、制服を着た少女と、もう一人の人物がルミール橋の上で口論になっていた気がする、という情報を得たというんだよ? これを聞いてどう思うんだい。井波田君?」
と言って白川所長はニヤリとして見せる。
「『気がする』って言い方が気になります。けれど単純に考えれば口論になって、何かのはずみで橋から落ちた。例えば揉みあいになって、橋から落ちてしまった。そう考えてもおかしくないですね」
僕の話を聞いて白川所長はゆっくりと頷く。
「その通り。いや~、良い推理してるね。井波田君、興味が出てきたかい? 雨は深夜から明け方にかけて雪に変わっていた。そしてその口論をしていた夜が明け、咲見崎サヤは雪を薄っすらかぶった遺体となって発見されたんだ」
と白川所長はコーヒーをスプーンでかき回し、その香りを楽しんでいる。
「とはいえ、その証言をした人物は酒を飲んで酔っ払っていたんだ。さらに雨で視界が悪かったので、『気がする』と答えた訳さ。『この中にその人たちはいるかどうか? 写真をランダムに見せても、雨が降ってたし暗かったからはっきり分からない。相手の顔は後姿しか見えなかったし覚えてない』と、口論してるのを見かけた方はおっしゃってる訳さ」
と白川所長は両手を天井に向かって伸ばし、お手上げだとポーズをとる。
「酔ってたから目撃証言としては弱いかもしれない。でも、そんな喧嘩よりも奥さんに怒られるのが怖くて、奥さんのご機嫌取るための寿司を片手に急いで帰ったって、証言してるらしいんだよ。口論してるからって殺人事件になるなんて思わないから、まぁ、そこは仕方ないよね。」
なるほど、と僕は頷き、気になったことを聞いてみる。
「じゃぁ、第一発見者の方はどう言ってるんです?」
僕は椅子に座りなおす。
「翌朝は雪が降っててね。通りがかりに女の子が川辺で横になってるのを見つけたもんだから『風邪ひくぞって注意したんだ』って言ってるらしいんだよね。『まさか死んでるなんて思わなかった。ひっくり返るくらいびっくりした。慌てて警察に連絡したんだ』っていってるらしいね」
自殺か事故、事件のどれかっていうなら殺人事件も視野に入れて、取り組んだ方がいいんじゃないかなぁ、と僕は考える。
「咲見崎サヤの死亡推定時刻は1998年11月24日の22時から24時頃ということだ。まぁ、そういう訳だ。しっかり頼むよ? 井波田君」
と白川所長はにっこり笑った。
◇
白川所長から話があってから1週間後の1998年12月8日、咲見崎サヤが溺死体で発見された事件を捜査するために、僕はセントルミル中等教育学校へ正式に転校していた。目の前にドンとそびえたっているのがセントルミル中等教育学校だ。
私立学校でその歴史も長い。どちらかというと良いところのお坊ちゃんやお嬢様が多い学校だ。今日は快晴で、僕の足取りも軽い。やっぱり天気がいいと気分が上向く。捜査にもやる気がでるってものだ。
とはいえ、PTA側が動いて学校側が納得すれば、僕の転校が即座に決まるほどの力を実質的にもっている。気をつけなければいけないんだろうな、と頭の片隅に入れておく。でも今日から僕が探偵として捜査する初仕事の始まりだ!
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