第13話

風邪を引いて弱っているときに、独りとは心細いものだ。

昼寝から起きたらコンクウ様がいない。

わたしは机の上に置いてあった水を飲む。


「うっ、…………」


なんだか涙がこみあげてくる。

この世界に転生してからずっとコンクウ様と一緒だった。

いつでも側に居てくれた。

でもなんでこんな辛いときに限っていなくなってしまうんだろう?

辛い夢も見たせいでより一層メンタルがやられている。

ううっ。

コンクウ様はどこに行ったんだ?

こんなボロボロのわたしを独りにするなんて酷いじゃないか。


「あ、あれ?」


わたしは水をもう一杯飲もうとした。

しかし、机の上にもう水は無かった。

いつも水を溜めている壺にもない。

身体はこんなに水を欲しているのに、この家には水がない!

頭がくらくらしてきた。

悪い出来事がいっぱい重なってきている。

ああっ、辛い。

辛くて涙がぽろぽろ落ちてきた。


「コ、コンクウ様…………」


わたしは涙を拭いながら、コンクウ様の名前を呼んだ。

恨み言のような呼びかけだった。

返事は期待していなかった。

虚空に消えるだけの独り言だと思っていた。

しかし、コンクウ様は返事をしてくれた。


「おおっ、ミウ。起きていたのか」


コンクウ様が家に帰ってきた。

持って帰った壺をよいしょっと床に置く。

水を汲んできていたようだ。

わたしの方へ近寄ってくる。


「コンクウ様……」

「ミウ、大変だったかな? 大丈夫だぞ。いっぱい水を飲むと良い」


コンクウ様はそう言って、わたしの頭を撫でてくれた。

わたしは嬉しくてコンクウ様をぎゅうっと抱きしめた。


「コンクウ様! コンクウ様!」

「ミミ、ミウ! 流石に痛いぞ!」


でもわたしは力を緩められない。


「寂しかったんですよ! 頭はくらくらするし! 身体はふらふらだし! 怖い夢は見るし! 起きたらコンクウ様はいないし!」

「おお、そうか、……よしよし」


わたしが泣き言を喚きたてても、コンクウ様はわたしの頭を優しく撫でてくれた。


「コンクウ様、わたしを置いてどっか行っちゃ、駄目ですよ!」

「大丈夫だよ、必ずミウの側に帰ってくるから」


コンクウ様ったら、かっこいい!

しばらく抱き合ったまま、コンクウ様はわたしを慰めてくれた。

そんなこんなで、コンクウ様に抱かれて落ち着いた頃には日も暮れかかっていた。


「うん、かなり良くなりました!」


思いっきり泣いたのが良かったのか、コンクウ様が一緒に居てくれたのが良かったのか、風邪の症状は和らいだ。

熱も引いた気がするし、身体のだるさも取れた。

気分も良くなってきて、後ろ向きな気持ちも吹っ飛んだ。


「良かった、良かった」


コンクウ様も喜んでくれている。


「でも、もうちょっと、こうしていさせてくださいね」


わたしはコンクウ様をぎゅうっと抱きしめる。

もふもふした尻尾がわたしの胸をくすぐっている。

ぴょこぴょこした動きに癒される。

コンクウ様も撫でられるのが好きらしく、目を細めてくつろいでいる。


「それは構わぬが、その前に見てもらいたいものがある」

「見てもらいたいもの?」


コンクウ様は、わたしの腕から一旦離れた。

コンクウ様は仕事部屋に行き、すぐに戻ってきた。

その手には紙の束。


「ミウが寝ている間に作業を進めて、ようやく完成したのだ」


わたしは紙の束を受け取った。

紙にはたくさんの文字が書かれていた。


『子供達におやつをうまく分ける方法を教えてくれた』

『家を作るのを手伝ってくれた』

『子供に内緒でご飯を渡してくれた』

『きらきらのペンダントをくれた』

『祭りの時に美味しい木の実をくれた』


いろいろな言葉が紙一面にぎっしり書かれている。


「これは?」


わたしはコンクウ様に訊く。


「クルベオ村のすべての人に、ミウの好きな所を聞いて回ったのだ」

「え!?」

「大変だったぞ。何日もかかった。その分、良いことをみんなしっかり話してくれた」

「……そんな素敵なことをしていたんですか!?」


そういえばここ最近、記録を書く仕事が多いとは思っていた。

コンクウ様が文字を書くのは重労働。

文字を書いた日はよくマッサージをしてあげる。

ここ数日は毎日のようにマッサージをしてあげていた。

この寄せ書きを書くために、頑張っていたのか!


「ミウが喜ぶことをしてみたいと思ってな。結構前に思いついたのだ」

「…………コンクウ様♡」


わたしは感動していた。

わたしはとても愛されている。

こんな素敵なものを作ってくれるなんて。


わたしは村人の寄せ書きを読み進める。

あっ、あのときの人だ。

こんなこともあったなぁ。

これも手伝ってあげたなぁ。

なんて思い出が蘇る。


そのとき、一つ気になる記述を見つけた。


『ミウ様に見つからないように後を追跡してみた。楽しかった』


わたしの好きな所?


「ああ、それか。子供がミウにバレないように尾行して遊んでいたらしいぞ」

「……あっ!」


わたしは思い出した。

あれはカグツチ様のところから、わたしの家に帰るときのこと。

明らかにわたし以外の足音が聞こえていた。

枯れ葉や木枝を踏みつぶした音がしたと思ったのだけれど。

その姿は見えなかった。

それが、子供の悪戯だったのか。


「そうだ。特に心配することはなかったようだ」

「良かった……」


忘れかけていたとはいえ、当時はそこそこ不安だったのだ。

子供の悪戯なら心配することはない。

解決できて良かった。


「さて、ご飯にしようか」


コンクウ様が木の実を持ってきてくれる。

そのとき、わたしにはぴんと来るものがあった。


「ねぇ、コンクウ様、コンクウ様!」

「どうした?」

「もしかして、わたしを尾行していた犯人を突き止めるために、寄せ書きを作ったんですか?」


村人を調査するのに「ミウ様を付けていただろう?」って聞くと、怒られると思って隠蔽されるかもしれない。

でもこうして「ミウ様の好きな所を教えて」と聞くと、素直にミウとの思い出を語ってくれる。


「最初はそのつもりで寄せ書きを作ったんだがな。しかし、」

「しかし?」

「作っているうちに、楽しくなってしまった。ミウが村人全員に信頼されていることが分かって嬉しかった。調査のことなんか忘れて、ミウの良いところをもっと聞きたいと想いながら作っていたんだ」

「……コンクウ様♡」


わたしはコンクウ様を抱きしめた。

こんな素敵な旦那様といられてわたしはとても幸せ者だ。

その日、二人で食べた木の実はとても美味しかった。

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お狐様と知恵比べ 司丸らぎ @Ragipoke

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