第12話

案の定、風邪を引いた。


「こほっ、けほっ!」


わたしはベッドに寝転がったまま咳をする。

昨日、雨で濡れて帰ってきた。

濡れた身体をタオルで拭いたものの。

身体が冷えたまま、コンクウ様とはりきって遊び過ぎた。


「大変だな、ミウ」


わたしは風邪でダウンしているが、コンクウ様は元気だった。

半人半狐のお狐様は風邪を引くことはあまりない。

対して、わたしはこのクルベオ村に来てからちょくちょく風邪を引いていた。

だから村の住人は、わたしより免疫が高いのだろう。

羨ましい。


「しんどいよぉ……」


頭がくらくらする。

クルベオ村には体温計なんて便利なものはない。

しかし身体は確実に発熱している。

体感38度5分。

身体の節々が痛いし、全体的にだるくてだるくて仕方がない。


「ほら、水を飲んで」

「ありがとう、ございます……」


コンクウ様はコップに水を入れてくれた。

わたしはぐびぐびと喉を潤す。

爽快感が身体を駆け抜ける。

しかしそれも一瞬で。

じわじわとだるさが身体にのしかかってくる。


「ミウは風邪を引きやすいな」

「みんなが、……強いんですよ…………」


わたしはつるつるすべすべの人肌だけど、半人半狐のみんなは狐毛で肌が半分くらい埋まっている。

体温調節はわたしより高機能なのだろう。

触り心地ももふもふで気持ち良い。

羨ましい。


「そもそも、なんで風邪って引くんだろうな? 何か変なものでも食べたのか?」

「あぁ~、そういう場合もあるかもしれませんが、……今回のはそういうわけでは無いんです……」


目には見えないほど小さな細菌がいて、身体が弱っているときにその細菌が入ってきちゃったから身体に悪さする。

みたいな知識がわたしにはある。

ただクルベオ村の人にそれを説明するのは難しい。

そもそも細菌の存在を信じてくれるかどうかから怪しい。

目で見えないものを信じさせるのは難しい。

気のせいじゃないか、なんて言われそう。


「ミウは風邪の原因が分かるのか?」

「ええ、まぁ……」


わたしが元気だったらちょっと頑張って解説してみようと思ったかもしれない。

ただ、発熱しているわたしにそんな余力はない。



「まぁ、ゆっくり寝ていなさい」

「はい、そうします……」


なにはともあれぐっすり寝よう。

原因もはっきりしているし、深刻な病気でもない。

しっかり休めば治るはず。

そう思って、目を閉じた。


しかし、風邪を引いたら悪夢を見るのは何故なんだろう?

こんな夢を見た。

コンクウ様は腕組をして枕元に座っている。

わたしは長い髪を枕に敷いて伏せている。

もう駄目だと思った。

コンクウ様も確かに駄目だと思っている。


「私の顔が見えるかい?」

「見えるかいって、そりゃぁ、そこに見えるじゃありませんか」

「お別れかい?」

「また逢いにきますから」


自分でも何を意図して口を動かしているのか分からない。

夢とはそういうものだ。

理屈は通っていないが、寂しさだけが胸を満たしている。


「いつ逢いに来るかね?」

「日が出るでしょう? それから日が沈むでしょう? それからまた出るでしょう? そうしてまた沈むでしょう? 赤い日が東から西へ、東から西へと落ちていくうちに、コンクウ様。待っていられますか?」

「ああ、待っているさ。どのくらい待っていれば良い?」

「百年待っていてください。きっと逢いに来ますから」


酷い約束だ。

百年も待たせるなんて、残酷な女だ。

自分で口にしながら思った。


「百年とはどのくらいだ?」


ああ、そうか。

コンクウ様は百なんて大きい数は分からない。


「すぐですよ」


すぐなはずがあるか。

わたしは自分で口にした言葉を、頭で否定した。

しかしコンクウ様は静かに頷いた。

そして苔の上に座った。


「百年の間、こうして待っていよう」


コンクウ様は独りで腕組みをして待っていた。

大きな赤い日が東から出て、西に沈む。

何度も何度も赤い日が出て沈む。

何度も何度も。

何度も何度も。


するとコンクウ様に向かって、青い草が伸びてきた。

見る間に長くなってちょうどコンクウ様の胸のあたりまで来て止まった。

と思うと、すらりと揺れる茎の先に、首を傾けていた細長い一輪の蕾が、ふっくらと花びらを開いた。

真っ白な百合が骨に応えるほど香る。

そこへ遥か上空からぽたりと露が落ちた。

花は自分の重みでふらふらと動いた。

コンクウ様は首を前に出して、白い百合の花びらにキスをした。


「これが百年か」


コンクウ様は呟いた。

そしてわたしは目を覚ました。


「悪夢だ……」


わたしはどっと汗をかいている。

ひどく寂しい夢。

コンクウ様を百年待たせるだけの夢。

疲れを取るために寝たのに、余計疲れている。

あれは、夏目漱石の夢十夜かな?

前世で読んだことがある。

大して思い入れがあるわけでは無かったけれど、頭の片隅に残っていたのだろう。

嫌な夢だ。


わたしはベッドから身を起こす。

身体の節々が痛い。

喉も乾いた。

コンクウ様に水でも持ってきてもらおう。

そう思って辺りを見回す。


「あれ?」


コンクウ様がいない。

夢の中では百年待ってくれていたコンクウ様が。

風邪を引いたわたしを置いて消えてしまった。

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