第11話

「それじゃあ、服をもらって帰りますね」

「はい、どうぞ」


わたしとコンクウ様は服を着替えてから、フテミミ様の所から帰ることにした。

手を繋いで帰路に着く。

新しい服なので気分はうきうきだ。


「ミウは楽しそうだな」

「ええ。コンクウ様は、服が変わると気分が良くなりませんか?」

「大して変わらんぞ」

「う~ん?」


子供の頃から一緒に遊んでいて、結婚して何年も経つけれど。

この辺りの感覚はいつまで経っても共感してもらえない。

まぁ、だからといって致命的な不和があるわけでもない。


「ミウはやっぱりしんどいか?」

「何がですか?」

「一人だけ尻尾がないし、村の者と話が合わないことが多々ある」

「ふふっ!」


わたしはコンクウ様の心配の仕方が想定外で笑ってしまった。


「笑うところだったか?」

「いえいえ。そんな心配の仕方ができるコンクウ様はやっぱり素敵ですね」

「そうか?」

「ええ。安心してください。わたしはこの村での生活に何も不安はありませんよ。村の皆さんと穏やかに過ごす日々はとても幸せですし。それに……」

「それに?」

「可愛いコンクウ様がいつも一緒ですからね」


わたしはコンクウ様に向かい合った。

金色の毛に包まれた頭を撫でる。

コンクウ様は気持ちよさそうに目を細める。


そんなことを話していると、唐突に頭に何かが落ちてきたのを感じた。

ぽとぽとと音がすしてきた。


「雨だな」

「雨ですね」


一瞬でざぁざぁと大降りになった。

わたしとコンクウ様は走って家に帰る。

幸い家まで走ってすぐだった。

なんとか家に帰ることができた。


「雨とは突然降るものだな」

「びっくりですね」


フテミミ様のところでもらったばかりの服がびしょ濡れである。

わたしとコンクウ様は服を脱いで裸になる。

わたしは脱いだ服を絞った。

水がぼたぼたと落ちていく。

随分と雨が染みてしまった。


「今日はもう外には出られないな」

「そうですね」


わたしは濡れた服を籠に入れた。

晴れた日に洗濯しないと。


「今日は用事がなくて良かった」

「お家でのんびりしましょう」


わたしはタオルで身体を拭いた。

その後、コンクウ様の身体も拭いてあげる。


「しかし、雨というのはなぜこうも突然降るのだろうな」


コンクウ様はわたしに疑問を投げかけた。

コンクウ様としては、答えなど帰ってこなくて良い疑問なのだろう。

しかし、わたしはそれを科学的に説明できる。


「コンクウ様、水って温めるとどうなるか知っていますか?」

「温かくなるのではないか?」


コンクウ様はわたしの質問の意図を理解してくれなかった。

それもそのはず。

クルベオ村は蒸発という現象もよく分かっていない科学力なのだ。


「鍋で温めるとぶくぶくするじゃないですか?」

「ああ、見たことあるな」


沸騰という言葉も蒸発という言葉も使えない。

物質には個体と気体と液体という状態があることも分からない。


「その後、どうなると思います?」

「その後? 何かなるのか?」

「水が空気の中に溶けていくんですよ」

「うむ?」


コンクウ様はぴんと来ていないようだった。

わたしも科学的に説明することは諦めた。

なんとなくのイメージで説明できれば良いや。


「水って温めると空気の中に入っていって、空の上に行くんです。空の上に行くと冷えて雲になります。その雲が少しずつ落ちてきたものが雨です」

「う、うむ?」


コンクウ様はわたしがした説明をうまくイメージできずに目を回していた。

ぐるぐるである。

ごめんね。


「まぁ、そんなに難しいことは気にしなくて良いですよ」

「そ、そうか?」

「でも、子供に訊かれたらどうしますか?」

「子供に?」

「ええ。村の子供に『雨ってなんで降るの?』って訊かれたら、何と言って答えますか?」


村のお悩み相談にそういう子供の質問が来てもおかしくない。

大人は当たり前と思っていることでも子供は疑問を持つかもしれない。

村長としてはそういう質問にもきっちり答えたい。

科学的かどうかは気にしなくて良い。

子供が納得できる答えを提示したい。


「それなら簡単だ」


コンクウ様は自信満々に応えた。

科学的な知識は無くても。

村の人達の悩みを解消できるのがコンクウ様だ


「簡単なんですね?」

「ああ。『たまには洗い流さないと地面にほこりがたまってしまう』からだ」


確かに子供ならそれくらいの説明で納得してくれそうだ。

科学的に考えると、誰がどういう意図でどういう仕組みで雨を降らせるのか疑問は残るのだけれど。

子供を説得するなら充分だ。


「流石、コンクウ様です」


わたしはコンクウ様の頭を撫でた。

コンクウ様は誇らしげに九尾の尻尾をふりふりする。


「ミウだったら子供にも難しい説明をするのかな?」


逆に質問された。


「う~ん。子供相手だったらそうですね。『たまにはお家で休みなさいの合図』って説明しますね」

「なるほど」


コンクウ様も納得してくれたようだ。

クルベオ村には傘なんてない。

基本的に雨が降ったら出かけない。


「今日は、このまま遊びましょ♡」

「そうだな」


わたしはコンクウ様を抱きしめた。

そういえばお互いに裸のまま長々と喋っていた。

濡れて冷えた肌を重ねると、次第に身体の奥からぽかぽかしてくる。

コンクウ様はわたしの胸に頬ずりしてきた。

ああ、可愛い。

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