第6話

コンクウ様の仕事は村の住人の話を聞くこと。

他にもコンクウ様にしかできない仕事がある。


「コンクウ様、今日は予定がありますか?」

「昨日の祭りの記録をしようと思う」


クルベオ村で起こった出来事を記録するのがコンクウ様の仕事なのだ。

なにせこの村で文字を書けるのはコンクウ様とわたしだけである。


「分かりました。頑張ってください」


しかしコンクウ様は書けると言っても、非常に遅い。

昨日の祭りの出来事の記録を付けるのも一日仕事だ。

わたしなら五分で書ける文量を数時間かけて書く。

それだけ文字を書くというのは重労働なのだ。


「ミウは何かしたいことがあるのかい?」

「カナヤゴ様のところに行きます。包丁が欲しいのです」


昨日は祭りのために料理をしていた。

そのときに使っていた包丁の切れ味が悪くなっていたのに気付いたのだ。


「そうか。それなら誰かと一緒に付いて行ってもらおうか」

「うん。空いている人に声をかけてみますね」


わたしはそう言って家を出た。

近くの家に行って声をかける。


「カナヤゴ様のところに一緒に行きませんか?」


そう声をかけて回ったところ、一人の女の子が行きたいと立候補してくれた。


「カナヤゴ様、見てみたい!」

「よし、じゃあ行きましょう」


わたしは女の子と二人でカナヤゴ様の所に行くことになった。

二尾の女の子。

二人で手をつないで歩く。

カナヤゴ様の鍛冶場までは歩いて30分くらい。


「カナヤゴ様に会うのは初めてですか?」

「うん! 初めて!」


女の子は元気よく返事をした。

カナヤゴ様は鍛冶屋さんである。

刃物や調理道具などの金属を加工する人。

生活必需品を作ってくれる。


「カナヤゴ様のところで何か欲しいものがありますか?」

「ううん! 見るだけ!」

「そうですね。見るだけでも楽しいですものね」

「あたし、二尾だから刃物を使えないし」


クルベオ村の決まりで、尻尾の数によってやれる仕事が決まっている。

九尾のコンクウ様は村のお悩み相談。

四尾のカグツチ様は火の番。

今から会いに行くカナヤゴ様は六尾。

鉄の道具は六尾以上の尾数の人しか使ってはいけないことになっている。


「刃物を使ってみたいですか?」

「ううん! 危ないし!」


身の程のわきまえている。

クルベオ村の人達は全員そうなのだ。

自分の身に余ることは手をださない。

生まれつき尻尾の数で、できることは制限されるけれど。

それに不平不満を言う人はいない。


「自分で料理はしてみたくありませんか?」

「ううん! ミウさまが作ってくれるのを食べるだけが良い!」


女の子は満面の笑みで言いました。

以前のわたしの価値観で言えば、図々しい願望ではある。

でもクルベオ村ではこれが普通。

誰もがそれぞれ自分自身の役割をまっとうする。

そういう生き方なのである。


そんな会話をしながらカナヤゴ様の元にたどりついた。


「カナヤゴ様、カナヤゴ様! 包丁をくださいな」

「あら、ミウ様。いらっしゃい」


六尾のカナヤゴ様。

すらっとした女性。

細身ではあるけれど、腕はたくましい。

鉄を叩いて、道具を作っている。


「カナヤゴさま、カナヤゴさま! こんにちは!」

「あらあら、可愛い子も一緒なのね」

「はい! 可愛い子も一緒です!」


女の子は元気よく返事をした。

可愛い子を自称できるくらい無邪気。


「包丁が欲しいのね。そこに並べてあるから、好きなのを持って行って」


カナヤゴ様はテーブルを指差した。

そこには包丁が10本ばかり置いてあった。

わたしが日本で見たことのある包丁と比べると出来は悪い。

縁が真っ直ぐでなくところどころぐにゃっとしている。

切れ味も良くない。

それでもわたしが調理するには充分。

ありがたくもらうことにする。

そんなずらっと並んだ包丁を女の子はじっと見ていた。


「ほわぁあ!」


こんなにたくさんの刃物を見たのは初めてなのだろう。

鉄の反射光くらい目を輝かせて包丁に見入っている。


「こっちも見るかい?」


カナヤゴ様は女の子を別の棚に案内した。

鍋、バケツ、ハサミ、針。

様々な鉄製品がある。


「すごおぉい!」


女の子ははしゃいでいた。

しかし絶対に手では触れない。

自分は見るだけだと固い意志を守っている。


「いろんなものがありますね」

「そうね。毎日、いっぱい作るんだけど使う人はそんなにいないんだよね。作ったものが無駄に溜まっていっちゃう」


鉄の道具は六尾以上の尾数の人しか使ってはいけない。

クルベオ村に六尾以上は100人もいない。


「たまには作るのをお休みしては?」


わたしは提案する。


「作るのが楽しくて、毎日作っちゃうんだよね」

「もう作るのが趣味みたいなものなんですね」


仕事に没頭するパターン。


「それは幸せですね」

「うん。毎日鉄を叩けて幸せよ」


良いことだ。

クルベオ村の人は大概そう。

毎日、自分の仕事に没頭できて幸せだと言う。

かくいうわたしもそうだけど。


「おおっ! きれい!」


女の子は丸い鉄の円盤を見て声を上げた。


「やっぱり、あの子は鉄が好きみたいね」


カナヤゴ様も自分の作ったものに感心してもらって嬉しそうだ。


「あの子、将来は鍛冶屋さんになれるかしら?」


わたしはカナヤゴ様に訊いてみる。


「二尾の子は難しいわね」

「そっか。残念ね」


尾の数による分業はかなり厳格。


「でもあれだけ鉄を見入る子が鉄にも触れないのは残念ね」


カナヤゴ様は悔しがっていた。


「鉄の道具は六尾以上の尾数の人しか使ってはいけないんですよね?」

「そうよ」

「なら、こういうのはどうでしょう?」


わたしは、女の子に送るプレゼントを閃いた。

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