第5話

「カグツチ様、カグツチ様! 火をくださいな」

「おう、ミウ様か。ちょっと待ってくれよ」


ここはクルベオ村のはずれにある火場。

火を年中燃やし続けている場所である。


「今日はね、木の実を焼いた料理を作ろうと思うんです」

「そいつは良いねぇ。ミウ様の料理は美味しいからなぁ」


カグツチ様は火場の管理をしている人。

大きなかまどに薪をくべて火を絶やさないようにしている。

電気のないクルベオ村にとって、火は大切なエネルギーだ。

カグツチ様とそのお供がしっかり管理している。


「最近は誰か、火をもらいに来ましたか?」

「カナヤゴ様が毎日来ているくらいだな。あいつは鍛冶をするからな」

「そうですね。カナヤゴ様以外は火をもらいに来ないんですか?」

「ああ、誰も来ないからめっきり暇しているのさ」


火は大切ではあるのだけれど、普段から使う人はいない。


「もっと他の皆さんも焼いたり煮たりする料理をすれば良いと思うんですけどね」

「ミウ様は賢いから大丈夫かもしれんが、他の奴らは危なっかしくて火を使う料理なんて出来やしない」


クルベオ村の食事は基本的に木の実や野菜である。

生で食べられるものばかり。

煮たり焼いたりする料理はできない。

何故なら火の扱いが下手だから。

料理みたいに火加減の調節が必要な操作が難しい。


「カグツチ様は火の扱いが上手ですよね」

「おうよ。そのための四尾だからな」


村の住人は尾が増えるほど賢い。

普通の住人は二尾か三尾。

コンクウ様は九尾。


「頼もしいですね」

「それにしても、ミウ様はなんであんなに料理がうまいんだい?」

「昔いた国で勉強したんですよ」


といっても小学校の家庭科の授業レベルだけど。


「料理したら俺にもくれるかい?」

「ええ。もちろんです」


クルベオ村に通貨はない。

欲しいものがあったら物々交換をする。

もしくは等価な労働をする。


「そうか、楽しみだな」

「ええ。待っていてくださいね」


カグツチ様は火場から松明に火をつけて持ってきてくれた。


「はい。気を付けて持って行きなよ」

「はい! ありがとうございます!」


わたしは松明を受け取った。

この火を持って家まで帰る。

今日は雨が降る気配もないし、風もない。

難しいことはなさそうだ。

家までおおよそ30分。

森を抜けて歩く。

しかし経過時間なんてよく分かっていない。

クルベオ村の住人は日の出と共に起き出して日の入りと共に寝る。

この村に来てから時計なんて見ていないから、わたしも自分の体感に自信がない。


そんなことを思いながら、とことこ歩いていた。

わたしの歩く道は土の道。

いろんな人達が踏み固めて来た道。

だから、そんなに歩きづらくはない。

しかし、不自然な足音が聞こえる。


わたしは背後を振り返る。

しかし、誰もいない。

明らかにわたし以外の足音が聞こえていた。

枯れ葉や木枝を踏みつぶした音がしたと思ったのだけれど。


「ん~?」


わたしはそのまま前を向いて歩き出した。

火のついた松明を持って歩く。

気分はさながら聖火ランナー。

クルベオ村にはオリンピックどころかスポーツをする人もいないのだけれど。


しばらくそのまま歩く。

やっぱり背後から足音がする。


「誰かいるの?」


わたしは背後を振り返って問いかける。

やっぱり誰もいない。

わたしが振り返るのを察して、近くの木々の裏にでも隠れたのか。

歩く道を外れて、何者がいるのか探しに行きたい。

しかし松明を持ったままだと探しにくい。

不意に落として火を消してしまったら大変だ。

わたしは捜索を諦めてそのまま家に向かった。


「というわけで、家に帰るときに誰かが付いてきた気がするのです」


わたしは家に帰ると、調理の支度を始めた。

家にいたコンクウ様にさっきあった不思議なことを報告する。


「誰かがミウにばれないように追ってきたのかな?」

「でも、村の人だったらそんなことをしないと思うんですよ。村の人はわたしを見かけたら真っ先に挨拶をしてくれますから」


クルベオ村の長はコンクウ様。

明言されたわけではないけれどわたしは事実上のナンバー2。

わたしに隠れてこそこそするとは考えにくい。


「村の外の人かな?」

「だとしたら怖いですね」

「怖いかな?」

「怖いですよ。何のためにわたしに見つからないように追いかけてきたのでしょうか?」

「そうだね。それが分からないのは怖いことだね」


謎の足音はコンクウ様にも心当たりがないようだ。


「次、カグツチ様の所に行くときは、コンクウ様もついてきてもらえますか?」


わたしのお願いにコンクウ様は大きく頷いた。


「分かった。カグツチの所に限らず、遠くに行くときは私が同行しよう。わたしが他の仕事で同行できないときは他に誰か付いていかせるようにしよう」

「ありがとうございます」


わたしの思い過ごしとか気のせいなら良いのだけれど。


「そろそろ料理を始めなくて良いのかい?」

「そうでした!」


今晩はクルベオ村のお祭りである。

村の大人たちは食べたり飲んだりして夜通し騒ぎ通す。

そのために、わたしは村人に料理を振舞うのである。


「よし!」


わたしは気合を入れてかまどの前に立った。

不安なことは一旦忘れて、料理に集中しよう。

いっぱい作るぞ!

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