第3話

クルベオ村の住人は数が数えられない。

それから記憶力もあまりない。


あれは二人が15歳の頃。

わたしは身長160センチ。

コンクウ様は100センチ。

今と変わらないくらい背は伸びきった。


「コンクウ様、コンクウ様! お知恵を貸してください!」


コンクウ様は村の主になった。

先代の村長は引退して旅に出たのである。

村の主の仕事は、村の住人の話を聞くことである。


「どうかしたのかい?」


この日、コンクウ様に相談しに来たのは、男の人だった。

……人だったというか狐だったというか。


「自分、この間、河原に遊びに行きまして。そこで珍しい貝を拾ったんです」

「以前、お話してくれたね」

「虹色の綺麗な貝殻でした」

「ええ。私にも見せてくれたね。とても綺麗だったよ」

「それで家に持ち帰ったのですが、今朝起きたら家にないのです!」

「ふむ」

「一体どこに行ったのでしょうか?」


コンクウ様はしばし天井を眺めて考えていた。

そして考えがまとまると、正面を向きなおして言った。


「見失ったのであれば、もう一度河原に遊びに行けば良いのでは?」

「おお! それが良いですな」

「ぜひ、綺麗な貝殻を見つけてきなさい」

「はい! ありがとうございます!」


相談に来た男の人はそう言うと、河原に遊びに出かけていった。

わたしは、このやりとりを後ろから見ていた。

そして、コンクウ様に訪ねた。


「ねぇ、コンクウ様」

「どうしたんだい、ミウ?」

「さっきの人、貝殻を探していたんですよね?」

「そうだね」

「持っていた鞄に貝殻が付いていましたよね?」


そう。

さっき来た男の人は肩掛けの鞄を持ってきていた。

その鞄には、貝殻が付いていた。

綺麗な虹色だった。


「そうだね。多分、あの貝殻は彼が探していた貝殻だろうね」

「ですよね?」

「恐らく、貝殻を気に入ってよく見えるものに付けておこうとおもったんだろうね。そして鞄に付けた後、一晩寝たらそのことを忘れてしまったんだろう」

「では、なんでそう言わなかったんですか? 『探している貝殻は、鞄に付いているよ』って」


別に新しい貝殻を探しに行かせなくても良かったと思う。

手間だし。


「探しに行った方が良いのさ。次はもっと綺麗な貝殻を見つけられるかもしれないからね」

「そうですか?」

「物を失くした時は、新しい物を得るチャンスなんだよ。盲点に入ったものを闇雲に探すより、新しい感動を探しに行った方が良い」

「そんなものですか?」

「そんなものだよ。その方が幸せさ」


こんな風に、コンクウ様の仕事は村人のお悩み解決をすることである。

クルベオ村の住人は生活で困ったことがあったら、コンクウ様に相談しに来る。

わたしにしたら、とても些細な悩みを持ってくる。

もしわたしが相談されたら、一言で済んでしまうような些細な悩み。

そんな悩みをコンクウ様は必死で頭を捻って考える。

その解決の仕方は、わたしにとっては回りくどい方法だ。

コンクウ様は悩みをストレートに解決するわけではない。


どう解決したら一番幸せか。


そのことを念頭に置いてコンクウ様は住人の相談に応える。

コンクウ様は知恵を絞って村を幸せにしようとする。

つまり。


「コンクウ様は、とっても素敵なお狐様ですね」


わたしはコンクウ様を抱きしめて言った。


「そうか。ありがとう」


コンクウ様はわたしの腕の中で丸くなる。

ぽかぽかした暖かさとふかふかした毛触りが気持ち良い。


「コンクウ様は最高ですよ」

「ところで」

「ん?」

「おきつね様とはどういう意味だ?」

「あっ……」


つい前世の言い方をしてしまった。


「私は褒められているのか?」

「ええ。勿論です。お狐様はわたしが昔いた国の可愛い動物です」

「そうか、そうか。ミウは不思議の国から来ていたんだものな」


コンクウ様は満足気にわたしの胸に顔を寄せる。

コンクウ様含めクルベオ村の住人は、わたしが不思議の国から生まれ変わって来ているという認識になっている。

半人半狐の村人からしたら間違いない。


「わたしからしたら、ここの村の人の方が不思議なんですけどね」


不思議とは言っても。

可愛いから問題ないのだけど。


「そうだな。お互い不思議なことはいろいろあるかもしれない。でも、幸せでいたいことには変わりない」

「そうですね」


わたしはコンクウ様の考え方がとても好きだった。

幸せであるためにはどうするべきか、どうあるべきかを、常に知恵を絞って考えている。

わたしより数が数えられなくても。

記憶力が悪くても。

その生き方には尊さが溢れている。


「ミウ、私の顔をじっと見てどうかしたか?」

「コンクウ様。わたしたち、結婚しましょう」

「けっこん? それはなんだ?」


そう。

クルベオ村には結婚という制度が無い。

さらに言えば家族という制度も、日本のものと違う。

村人各々が自由に家を作ってそこに住む。

一人で住む場合もあるし、五人で住む場合もある。

それが十日続く場合もあるし、一日で人が入れ替わる場合もある。

気の合った人達で適当に集まって生活する。

それがクルベオ村の家族なのだ。


「結婚というのはですね。わたしが昔いた国での契約です」

「契約か。どのような契約だ?」

「わたしとコンクウ様はずっと家族でいるという契約です」

「ふむ。ずっとか」

「そして、他の人とは家族になってはいけないという契約です」

「ふむ。他の人とは家族になれないのか」

「わたしと結婚してくれますか?」


かなり端折った説明ではあるけれど。


「ミウがその契約をして幸せだというのなら、喜んで結婚しよう」

「ありがとうございます♡」


わたしはコンクウ様の頭を両手で支えた。

そして唇にキスをした。

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