第10話 いざ! 決戦の地へ

 決戦当日。俺は葉月と地球防衛隊の本部へ向かう。

 飲み屋のゴミ箱や野良猫の冷ややかな視線を横切って、あのボロボロの扉の前。


「本当、なんでこんな場末を絵に描いたような場所……」

「仕方ないですよ? 地球では、お金がないと良い部屋は借りられないのですから」

「やっぱ金ないんだ」

「ええ。ですから、事故物件で空き部屋となっていたBARを、中原が自分で改装しました」


 BARなんて入ったことはないが、アニメでは見たことがある。

 酒を置いている棚があって、カウンター席があって……バーテンダーがカクテルなんかを作ってくれるところ。

 その面影は、微塵も感じさせない普通の狭い無機質な部屋に思えた部屋。

 中原の頑張りが想像できる。


「大変だったんですよ。当初は、被害者の血痕が黒々と床に染みついて。まず床を剥がして、壁にめり込んだ弾丸をとりのぞいて……」


 何があったんだ。

 事故というか事件だろ。それはもう。


「見ている私の紅茶まで不味くなるような光景で……」


 手伝えよ。ラルフ。

 首を横に振ってやれやれではない。

 そんな床板剥がして改装工事と繰り広げる中原を横目にティータイムを繰り広げていたとは、ずいぶんなウサギだ。


「私、月ではきねよりも重い物を持ったことがないような育ちですから……ほら、笑う所ですってば!!」


 ちょいちょい挟む餅ギャグ。これをどう笑えと言うのか。

 月では大うけだとラルフは主張するが、本当だろうか?


「葉月? 大丈夫か?」


 先ほどから一言も話さない葉月。

 これから、地球の未来を担って葉月は歌を歌わなければならない。

 その重責に緊張しているのだろう。


「だ、大丈夫よ。ちゃんと……ちゃんと準備して来たから!!」


 少しも大丈夫ではなさそうな葉月。

 ただいつも通りに歌うだけなのに何を準備したというのだろう。


「ほら。これ舐めておけよ」


 俺は、家から持ってきたのど飴を葉月に渡す。


「た、高橋……」

「俺、これぐらいしか出来ないし」

「ううん。ありがとう。こうやって一緒について来てくれるだけで、十分よ」


 ニコリと葉月が笑ってくれる。

 少しは緊張がほぐれたのだろうか。

 本当に、俺、今回の件で出来ることは少ない。

 葉月が心配でこうやってついては来たけれども、何ができるわけでもない。


「葉月、俺がついているから。何が起こっても、傍にいるから」

「た、高橋……」


 葉月が真っ赤な顔をして俺を見ている。

 たぶん、俺の顔も、同じくらいに赤くなっている。


「なかなか良いお茶が飲めそうな風情ですが……申し訳ありませんが、続きは後にしてくれませんか? できれば、作戦成功した時に。決行の時間が迫っております」


 気の利かないウサギは、容赦なく間に割って入ってくる。


「さあ、葉月お嬢様!! 頼みましたよ!!」


 ラルフの開けた扉の向こうには、中原がパソコンに向かっていた。

 この間よりも増えた資料の山の中。

 

 誰かと話をしている。


「お? 例の女の子が来たのか?」

「おー!! 我らの女神!!」


 やたら陽気な声が部屋に響いている。

 みれば、中原のパソコンの画面には、仲間らしき人達の画像。


「月にいる仲間です」


 月と通信中ってことか。

 すごいな。こんな場末から、月と通信しているんだ。

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