第9話 運命の日までの三日間

 葉月は学校に来なかった。

 連絡を取ってみれば「大丈夫だから!」「だって……風邪ひいて声でないとかしたら大変でしょう? だから、家から極力出ないようにしようと思って」なんて返事が返ってくる。


 葉月らしい。

 求められたことに対して、葉月はいつも全力で取り組もうとする。

 そこが、葉月の良い所だと思う。


 いつだっただろうか、夏休みの宿題で日本史の年表を求められて、皆が資料集そのまんまの書き写しを提出する中で、葉月だけは図書館で調べて巻物のような年表を提出していた。そんなにはチェックできないと先生が苦笑いしていたっけ……。自由研究で花火の秘密を調べようとして、砂場で大爆発させたのも今は懐かしい……。


 駄目だ。葉月が頑張り過ぎれば、ろくなことにならない予感しかしない。


 どうしようか。家に様子を見に行こうか?

 まあ……今回は歌を歌うだけだし、風邪引かないように家に引きこもっちゃっただけだし。爆発するような事態にはならないだろうけれども……。

 

「どうしましたか?」


 学校の帰り道、葉月の家に向かおうか悩む俺の前に現れたのは、ラルフ。


「ラルフ……」


 俺は、ラルフに葉月が学校を休んでいること、様子を見に行こうか迷っていることを相談してみる。


「葉月様が、そんなに真剣に取り組んで下さるとは!!」


 ラルフは感激してピョコピョコと弾む。


「ですが、せっかく風邪を引かないように家にいらっしゃるのに……航様が訪ねて行っては、風邪菌を葉月様に……」

「なんだよ!! 人をばい菌みたいに言いやがって……クシュン!!」

「ほらほら、言っているそばから!!」


 いや、これはラルフが顔を近づけてきたから、そのウサギ毛が鼻をくすぐったからだろうと思うのだが……。

 しかし、ラルフの言う通り、俺が葉月に風邪をうつしたりする危険がゼロというわけではない。


 たった、立った三日間だしな。

 爆発することも命の危険もないだろう。

 しかも、風邪を恐れて引きこもっているのなら、家の中で何も危険はないはずだ。

 

 大丈夫な……はず。

 ……大丈夫……だよな?


 俺とラルフの会話が、盛大な失敗フラグになっていないことを心から祈りながらら、葉月の家に行くことを断念する。


 俺は「何かあったら夜中でも早朝でも、すぐ相談してくれ。すぐに駆け付けるから」とだけ葉月に送り、葉月からは、「ありがとう! それだけですごく心強い! だってお母さんは、私の歌に世界の未来がかかっているなんて事、信じてくれないの」と返信。


 そりゃ……そうだよな。

 まさか、自分の娘の歌声だけが、異星人に対抗できる唯一と説明して、一体何人の親が、そうなの? 頑張って! なんて手放して信じて応援してくれるだろう。


 俺の親だったら、「漫画の見過ぎ? それか、ラノベ小説? 何その突然チート能力取得しました系」と、一蹴してしまうだろう。そして、厨二病もたいがいにしろと、塾のパンフレットを持ってくるか、参考書を山積みにするか。


「たった三日。三日なんだよな」

「ええ。三日しかないんです。今、中原たちは、必死で準備を進めています。だから……」

「だから?」


 何か手伝えることがあるのだろうか?

 俺に? 地球防衛隊のあのド貧乏な部屋を思い出す。中原は、いくつものモニター画面をのぞき込み、難しい数式や英語を使って……とても、俺のような平凡な学生が手伝える余地は無さそうだった。

 他の仲間は、現在月に滞在中だというし。

 何だろう?


「お茶を共に嗜む相手がおりませんので、困っておりました。さ、あの公園で、ティータイムを楽しみましょう!!」


 のんきなウサギは、地球の未来のかかった決戦の三日前にそう言った。

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