第7話 奇跡の歌

 絶句する葉月をラルフが褒めたたえる。


「まさに奇跡! あらゆる音源をデジタルでミックスしても出せなかった波長、波形!!」

「そう。機械で出せない音ならばと、自然界のありとあらゆる音を採取してみても駄目だった。異星人が、地球上では出せないはずと調べ上げた狭間の音波」

「それが、私の歌だと……」

「ええ。私の耳が、しかと聞き取りました!!」


 ラルフの長い耳が自慢げに揺れる。

 この、褒めているのか貶されているのか分からないラルフと中原の言葉に、葉月は戸惑っている。


「取りあえずは、歌ってみてくれ。俺も聞いてみたい」

「え!そんないきなり!!」


 促す中原に、断われない葉月は、緊張しながらもおずおずと歌い出す。


 うん。相変わらずのデストピア・モルダウだ。

 閑散とした荒野を暗く流れるどす黒い水面。渦巻く暗黒の流れの行きつく先は、死霊の世界か。人々の心は冷え切り、溺れる者を横目に茫漠と徘徊する。


「……すげえ……」


 パソコンの画面には、十代の少女の歌声が元だとは思えない複雑な波形は描き出されている。


「本当に可能なんだ。こんな音……」


 中原が感嘆の声を漏らす。微妙に震える声が、小刻みに波形を波立たせ、ときどき大きく外れる音は、さらに音波の波形に造形を加えていく。


「ね。理論上は可能だと何度も申したでしょう? ただ、それを見つけるのが、このラルフの至高の耳をもってしても困難を極めたというだけで」


 ラルフの小さな鼻からピスピスと空気が音を立てて漏れる。

 どうやらあれが、ラルフの最高のどや顔らしい。

 幼馴染の俺には聞き慣れた葉月の歌声。だが、ラルフと中原は、そうとう苦労しながら探したのだろう。


「これで、ついに作戦を決行できる」

「ええ! 間に合ったのですよ。我々は!!」


 異星人の無敵のバリアであるステルス機能を無効かできる葉月の歌声。

 それが、作戦のキモなのだ。

 

「もし、もし……よ?」

「なんでしょう? 葉月様」

「ラルフ、もし私が、歌えなかったら……失敗したらどうなるの?」


 多大な責任で緊張しながら葉月がラルフに尋ねる。

 気になるよな。分かる。


 ラルフと中原が、顔を見合わせる。


「まあ……私は、月に帰るだけですけれども……」


 そもそも、月生まれの月育ちのラルフ。

 そりゃ、 そうか。地球に居る必要はない。


「だが、地球は、異星人の宇宙船に侵略されてしまうだろうな……」

「侵略……」


 ピンとこない『侵略』の文字。

 それが、具体的にどんな未来へつながるのか。


「地球人は、異星人の圧倒的科学力に屈して支配されることになるだろう。なにせ、葉月の歌以外に奴らの防御を突破できる方法はない。奴らに貢ぐために働き、奴らが闊歩するのを、黙ってみている。異星人に殺されたとしても、たぶん文句をいうことも出来ない」


 中原は、かなり言葉を選んで慎重に話してくれている。

 本当は、もっと酷い事も予想できるが、緊張する葉月に配慮してくれているのだ。


――つまりは、元々の地球人の人権は奪われる。

  異星人に従う『物』として扱われるということか……。


「わ、私! 頑張る!!!」


 葉月は震える声でそう言った。

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