第5話 隊長、中原

 ギギギギィ


 盛大に軋む扉を開けた先には、雑然とした部屋。

 何かのデータとか資料が、そこら中に積み上げられて今にも雪崩を起こしそうだ。

 大人の男が一人、いくつものモニターに囲まれて、キーボードを叩いている。

 

 モニターに映し出されているのは、星空の画像。何かのグラフ。俺には、意味が分からない英文と数式。

 そう言った物を同時に男が確認しているっていう事だろうか?


 男がキーボードを叩くたびに英文は増えて数式は変化する。


「よっしゃ!! 予算もぎ取った!! これで宇宙そらの奴らもしばらく安泰だ!!」


 男は歓喜の声をあげる。


「それは良かった。今のままでは、我が母星の同胞たちに頼りっぱなしでしたからね」

「おお、ラルフ!! 帰ってたか!! 今、世界中のトップに打診して、ようやくIT系の企業数社から支援金の……」


 男がくるりと椅子を回してこちらを向く。

 ジャージ姿の無精ひげ。髪はボサボサの男。


「誰だ?」


 喜びに興奮していた男が、俺と葉月を見て一瞬で表情を変える。

 警戒されている?


「借金取り……はないか。こんな子どもは使わんだろう。じゃあ……なんだ? 興味本位で見学に来た近所の奴か? こんなところを撮っても映えないしバズらんぞ。どこかの絶品かき氷とやらでも探した方が早いぞ!!」

「違いますよ。この子達は、私がスカウトして連れて来たんです」

「はあ? スカウト?」


 じろりと睨まれた。

 歓迎は……されていないのだろうか? 


「紹介いたしましょう。この男は、地球防衛隊の地球隊長の中原勇なかはらいさみ。中原、こちらのお嬢さんは……」

花村葉月はなむらはづきです」

高橋航たかはしわたるです」


 俺たちの挨拶に、中原はふうんと呟く。


「ラルフがスカウトしたっていうことは、あの周波数の音を出せるってことか?」

「ええ。このお嬢さんの脅威の歌声が、ちょうど」

「すげえな」

「本当に」


 ラルフは、つらつらと今までの苦労を吐露しだす。


「私と中原で、様々な音を聞いては周波数を調べたのです。自分達でコンピューターで作ったりもしました。しかし、なんというのでしょう……音の狭間? どの音も微妙にずれるのです。目指す音は分かっているのに、どんなに探しても見つからない。プロの歌手にも頼んだのですよ? しかし、それでも見つけられなかった」


 ラルフは、長い耳を手入れしながらフンフンと鼻を鳴らす。

 

「ですから、今朝偶然通りかかった学校の前で、葉月様の歌声を聞いた時には、奇跡かと思いました」

「奇跡……」

「ええ。そうですとも。私は、この耳で、葉月様を見出すためにこの地球にきたのです、やっと役目が果たせました」


 ラルフは、テーブルを整える。

 整える……というよりかは、乱雑に積まれた書類の束を、そのまま床に落下させただけだが。


 綺麗になったテーブルの上にはレース模様の可愛いクロスを敷いて、またしても広げるのは、ティーセット。

 今度は、二段になった食器に上の段にはスコーンとジャムとクロテッドクリームまで載っている。下の段には、オレンジやリンゴなどの瑞々しいフルーツ。

 うまそうだ。


「さ、とりあえず話はながくなりそうなので、お茶をご用意いたしましょう」


 ラルフは、器用に高々と上げたティーポットから紅茶をカップにそそぐ。


 


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