第46話  長男登場

「兄さん、とりあえず一人目からお連れしてくれる?」

 扉に向かって声をかけると、バルトルトの兄であるエメレンスが、一人の縄で縛られた男を荷物のように小脇に抱えてやってきた。


 テーブルの近くにドサリと置くと、夫人の後に立つマルセンの顔が青くなる。


「夫人が若いツバメとして当時囲っていたのがダンメルス子爵です。他にも同時期に関係を持った男性が居たため、断言は出来ないんですけれど」


 足元に子爵を転がしたまま、直立不動でエレメンスが何も言わないので、代わりと言った感じでバルトルトが凄いことを言い出した。


「ですがね、子爵のお尻にも、マルセンさんのお尻にも、同じような痣があるんですよ。僕としては、恐らくマルセンさんの父親は、ダンメルス子爵で間違い無いんじゃないかなと」


「嘘よ!嘘よ!嘘よ!マルセンの父はショルスです!私は不義などしておりません!」


「あははっはっはは!冗談はよして下さいよ!」


 バルトルトはもう耐えらないと言った様子で、自分のお腹を抱えながら笑い出す。


「巷では貴女、淫乱ババアとして有名じゃないですか?夫が相手にしてくれなくて寂しいんでしたっけ?自分の美貌を蔑ろにする夫は人間じゃないでしたっけ?貴方、いつまで自分が美しいと勘違いしているのかな?」


 バルトルトは嘲笑うように目の前の老婦人に自分の指を突きつけた。


「おっぱいは垂れているし、お腹なんか皺くちゃ!そんな老婆を・・これ以上は妻が居るので言うことはできないですが」


 途中から勢いを無くして、エヘン、エヘン、と、何度も咳払いをすると、

「気に入らない女、つまりはフローチェの母となる人ですけど、わざわざ連れ戻してまで家に入れるのは嫌でしたか?だから、自分の子供であっても、あっさりと殺したんですか?」

 と、言い出したため、夫人の紫水晶の瞳が涙でくもる。


「こ・・こ・・殺すって何なの?わたくしが、自分のお腹を痛めて産んだ自分の子供を殺すわけがないじゃない!」


 ねえ!そうでしょう!とでも言うように夫人は夫の方を仰ぎ見たが、一人用のソファに座った伯爵は額を押さえながら項垂れるようにして俯いている。


「兄夫婦が戻って来たら、貴方の愛するマルセンさんが爵位を継ぐのは絶望的。どうにかならないかと貴女は確かにマルセンさんに訴えたはずだし、その時にマルセンさんは自分に任せておけば大丈夫と言っていたと思いますけど?」


 まるでそのシーンを見て来たかのようにバルトルトは言うと、転がる子爵の方へと視線を向けて言い出した。


「マルセンさんが伯爵家を継げばですね、この子爵は自分の血を引いた息子に伯爵家を継がせることが出来るわけですよ。伝統あるオルヘルス伯爵家の血が、ここでダンメルス子爵の血にクラスチェンジしちゃうんです。今まで新興貴族として馬鹿にされてきた子爵としては、これほど面白い話はない。実の息子のパトロンとなってお小遣いを渡してきた子爵は、もちろん、実の息子の要望に応えました。僕の愛するフローチェの両親の暗殺を成功させたんです」


 不動の直立姿勢だったバルトルトの兄のエメレンスが、一歩前へと出ると、ここに集まった全員に説明するように言い出した。


「ゴーダ王国の軍部に仕える人間として言わせて貰えば、伝統ある貴族家の血をすり替える行為は大罪となる。ゴーダは古より精霊の加護を戴いている国でもあり、古い血筋ほど精霊の加護が残る。我がハールマン家が妻を特別愛するのもそうであるし、オルヘルス伯爵家の娘が必ずアルメリアの花と同色の瞳で生まれるのもまた加護の一つと言われている」


 すると、扉を開けたエレメンスの部下の一人が、栗色の髪色をした親子を連れて部屋の中へとやって来たのだ。


「この二人は、そこに居るマルセンが市井で囲っている愛人と、その愛人に産ませた子供になる。娘の瞳は紫水晶の瞳であり、オルヘルス伯爵夫人の生家であるベイエル伯爵の血の加護の現れでもある」


「私の孫なのだから、ベイエル伯爵家の瞳であっても問題ないでしょう!」


 苛立ったように夫人が声を荒げると、バルトルトは首を横に振りながら言い出した。


「オルヘルス伯爵家の血が一滴でも流れれば、その娘は必ずアルメリアの花の瞳となる、ここに居るフローチェの瞳と同じでなければいけないんですよ」


 青から白に顔を変色させて震え出す夫人の顔を見つめた伯爵は、気落ちした様子で言い出した。


「結婚当初はまだ父も健在だった為、お前の思う通りに私も相手をしてやれたが、父亡き後は、仕事を回すことでいっぱいとなり、私にお前を慮る余裕は無かっただろう。お前に手を出さなかったのも、過労と心労でそんな余裕が無かったからだが、お前が死ぬとまで言って騒いだあの日に、私はお前と褥を共にした」


 祖父母のそんな赤裸々な話は聞きたくなかった。そう思いながらフローチェが顔を赤らめると、伯爵はフローチェに向かって苦笑を浮かべた。自分たち夫婦の話を孫の前でするのはやはり気恥ずかしいものがあったらしい。


 それでも気を取り直した様子で、咳払いを一つした。


「あの時にはすでに月のものが遅れていたのであろう?それで、慌てて私とベッドを共にした。なにしろ女は自分の子だと証明することは容易いが、男となるとそうは簡単にいかない。オルヘルス伯爵家の男は必ず瞳が桃色とはならないし、私も、マルセンについては半信半疑でしかなかった。市井の女との間に作った娘を見るまでは、確実に自分の息子ではないと断言することは出来なかったのだ」


「血のすり替えは精霊の加護を自分たちの都合の良いように捨て去るのも同じこと。精霊の加護の破棄は国をも揺るがす災いをもたらすとも言われている。オルヘルスの血を引かぬマルセンを次期当主にすると夫人が先ほど断言していたのは、扉の外から聞いていた。王家に対する立派な反逆罪だと思うのだがな?」


 エレメンスの厳しい口調と、異様な雰囲気に、マルセンの娘が涙をこぼし始めたため、エメレンスの部下が母と娘を部屋の外へと連れ出して行った。


「夫人、まだここに居るフローチェがオルヘルス伯爵家に相応しくないと言い続けますか?」


 バルトルトが問いかけると、伯爵夫人は顔を覆って泣き出した。

 まるで子供のように泣く夫人と、顔を真っ青にしたまま固まるマルセンを兵士たちが拘束をした後、外へと連れ出していく。


 連行される妻子には目もくれずに、伯爵は執事であるフランコに向かって、

「この屋敷に勤める人間は、フランコ、お前も含めて全てを解雇する」

と、言い出した。


「妻子がこのような罪を犯したのだから、私は責任をとって爵位を弟に譲ることが決定した。数日中に領地から弟の一家が王都へとやって来ることになるから、お前たちは今日中にこの家から出て行け!」


「しょ・・紹介状はどう致しましょうか?」

 なけなしの勇気を振るってフランコが声をあげれば、

「お前を含めて全ての使用人に対して、私がそんなものを用意するわけがないだろう!血の偽証をしようとした罪人を盲目的に信奉する者どもなど、同じく罪人と同等であるのは間違いないのだからな!」

 伯爵の言葉と共に、次から次へと、王国軍の兵士が伯爵家の屋敷の中へと入ってくる。


 相変わらずの怒涛の展開。それについていくことが出来ず、フローチェが心臓をバクバクさせていると、フローチェを抱きしめて背中を優しく撫で続けるバルトルトが言い出した。


「しょうもない使用人ばっかりだから、出ていく時に、これ幸いと屋敷の物を盗むこともあるかもしれない。フローチェをバカにする奴らが得をするようなことは何一つさせたく無かったから、父上に相談して少しばかりの兵士を貸して貰ったんだよ」


 一応、今回はこのようなことになるという説明をあらかじめ受けていたフローチェだったけれど、相変わらずの鮮やかな手並みに、全身の力が抜け落ちていくような感覚を覚えたのだった。

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