第42話  子煩悩パパ


 ハールマン家の男は無駄なことが嫌いだ。無駄に時間を過ごせば、妻と共にいる時間が減ることになる。妻との時間を得るために、最短で最大限の戦績を残して戦場を後にすることから『王家の血塗れの鉾』と呼ばれるようになったのだった。


 妻が第一となってしまうハールマン家では、妻の家柄については一切を問わないと公言していながらも、その選別については細心の注意を払っている。


 通常、そんな女をハールマン家の男は選ばないのだが、たま〜に、

「お金大好き〜!」

「天下取りましょう!天下!天下!貴方なら充分に可能だわ〜!」

「宝石も好きだし!ドレスも好き!これもあれも大好きなの!もちろん買ってくれるわよね?」

というアホみたいな女を連れて来てしまう場合があるのだ。


 妻第一で盲目となる一族だけに、変な女に入れあげれば、謀反も容易に企むだろうし、無尽蔵に金を使って破滅へまっしぐら状態になるのは目に見えている。非常に優秀な一族なだけに、やるとなったらとことんまでやる習性もあるため、そういったアホな女を選んできた者については、家を守るために、金を与えて放逐処分をすることになっているのだった。


「どうだった?」

「大丈夫、何も問題ないわ」


 ほくほく顔の自分の妻の顔を見下ろすと、ハールマン伯爵は思わず安堵のため息を吐き出したのだった。とりあえず、自分の三人の息子達は、アホ属性の女に引っ掛かるというようなことはなかったらしい。


 ちなみに、伯爵の実の弟はアホ属性の女性に引っかかり、今は三つの国を跨いだその先の海辺の街でのんびりと過ごしているらしい。

 賭け事が大好きな女性だった為に弟と共に放逐処分。ハールマン家の男は一度好きになると死ぬまで愛する習性があるため、別れさせて他の女をあてがうということが出来ないのだ。


 ちなみに弟の妻は賭け事で身を滅ぼす寸前まで追い込まれたところで、弟に拉致監禁されて生活しているらしい。娼家への身売り寸前で助けられたことに妻は感謝しているし、弟もこれで自分しか見ることが出来ないと大満足らしい。まあ、他所の国に移動しての話だからどうでも良いのだけれど。


「それでは行ってくる、夜の戸締りはしっかりしておいてくれ」

「まあ、早速動くの?」

 伯爵は妻に熱いキスを落とすと、テラスの柵を乗り越えて出掛けて行ってしまったのだ。


 侍従も連れず、部屋の扉から出て行かず、伯爵家の庭園から忍び出るようにして出かける夫の姿を見つめながら、

「あの人も気に入ったのね!良かったわ!」

 と、ハールマン伯爵夫人は安堵のため息を吐き出した。



        ◇◇◇



 ダンメルス子爵は、元々、男爵家の三男であり、子爵家に婿入りする形で今の地位に就いた。洒落者で流行に敏感、男爵家の父から譲り受けた商会を大きくしたのも子爵の手腕によるものがある。


 流行の最先端となるドレス生地や宝飾関連の輸入を手掛ける関係で、多くの夜会に呼ばれるし、顔が広いことでも有名な人でもある。


 今日も、主催者の伯爵夫人に南の大陸から輸入した更紗生地を土産として渡して大いに喜ばれることになったのだが、あと、二度、三度、浮気相手として相手を務めれば、他の女に移動しても問題ないほどの機嫌は取れたことだろう。


 ダンメルス子爵は若い時から女に良くモテていたのだが、相手にするのは決まって熟女と呼ばれる年齢の女だけ。金払いが良く、自分の商会の商品を大量購入してくれるような相手を狙って潜り込む。


 政略結婚する高位身分の貴族たちは、結婚後、子供を授かった後は互いに愛人を囲って自由に楽しく過ごす者が多いのだ。


普段、侮辱されがちな新興貴族のダンメルス子爵が、お高く止まった由緒正しい血筋の貴族達の間に割り込んで、美しく着飾りながらも放置され、寂しさと、加齢により女としての自信を失いかけて苦しむ人妻に対して、癒しの手を差し伸べて夢中にさせる。


貴族夫人は高位であればあるほど利用価値が高く、また、万が一にも自分の不貞が理由で離縁を申し出られるようなことがあれば困るため、別れる時にも引きずらず、あっさりと別れられる利点がある。


「ふうぅ〜―」


 ダンメルス子爵の全てが潤滑にまわっている、世界は自分を中心にして回っていると言っても良いだろう。五年前に一人息子も授かったし、家に帰っても幸せな生活が待っている。


一息つくためにテラスへと出た子爵は、餌食に出来そうな年若い令嬢が居ないものかと、目を光らせながら庭園を眺めていると、月光の光を浴びて、何かがキラキラと輝いていることに気が付いた。


 夜の庭園では逢いびきをする年若いカップルも多く、イチャイチャとしている間に宝飾品を落としてしまうということは良くあることなのだ。


 物が良ければ下取りに出して金に換えても良いかもしれない。ダンメルス子爵は入婿であるため、金が自由に使えない。この歳になってもパトロンの夫人からお小遣いを貰っているくらいであり、金は幾らあっても足りないのだ。


「どれどれ、おや、これは随分と大粒の宝石が使われているな」


 落ちていたのは大粒のルビーが嵌め込まれたブローチであり、それを取り上げた子爵は、これだったら相当な金になるだろうと頭の中で計算をしていたところ、

「うっ・・・」

 後ろから首を巻き締められて、あっという間に意識を失ってしまったのだった。

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