第41話 ハールマン家の女子会
「ハールマン家の男はね『あっ、これだ!』と思うのだそうなのよ」
むさ苦しく暑苦しい、いつでも何処でも引っ付いて居たいと心から願う男たちを遠くへ追いやった義母と義姉、長男の嫁が、涼しい風が良く通るサロンにフローチェを招き入れてお茶会を開いたのだった。
「私は夜会で、初対面のエレメンス様に『あっ!(これだ!)』と言われて、あれよあれよと言う間に婚約者の座に納まりましたね」
「私も戦勝記念パーティーで夫に捕まったわね。何が良かったのかさっぱり分からないのだけれど、以降、夜会には他の男性を威嚇するためにお姫様抱っこよ」
「今日はバルトルトがお嫁さんを連れて来ると言うから、どんな抱え方をしてやって来るのかと心配していたんだけど、普通にエスコートしていたから姉として安心したわ!」
「本当に?抱え上げてきたのではなくって?」
「普通にエスコートしていましたよ〜、ファビアンの手紙に書かれていましたけど、嫌われないように今は必死なのですって!」
「まあ!まあ!あのバルトルトがねぇ!自分だけは違うと言い張っていたバルトルトも、やっぱりハールマン家の男だったのねぇ〜」
嫌味も詮索も、牽制も、マウンティングもない。初対面の人間に対する警戒心も、嫌悪感も、嫉妬も憎悪も向けられない。貴族女性というものの枠には嵌まらない、ざっくばらんなハールマン家の女たちを眺めたフローチェは、思わず小さく挙手をしながら言い出した。
「あの!一つお訊きしたいことがあるんですけれど!」
「まあ!まあ!何かしら!」
「フローチェ様は顔だけでなく、お声も花の妖精のように可愛らしいのねぇ!」
「こんな可愛らしい妹が欲しかったのよ!ほら!私、男兄弟ばかりだったから!」
「ちょっと、フローチェさんが話せないでしょう?どうしたの?何でも訊いてちょうだい」
「あの・・私は両親が駆け落ちした関係で、自分の出自を今まで知らず、平民として暮らしてきたんです。そんな私でも、バルトルト様と結婚しても大丈夫なのでしょうか?」
フローチェの質問に、義母、義姉、長男の嫁は、目を見開いて顔を見合わせる。
「ほらほら!ドーラが言っていたじゃない!幾らハールマン家の話は有名だとしても、辺境までは届いていないって!」
わちゃわちゃとそんなことを三人で言い出すと、代表者として義母が咳払いをしながら言い出した。
「何も問題ないの!逆に、フローチェさんのお父様のご実家よりも我が家は格下でバルトルトは三男だから、格がどうの言われると、バルトルトの方が相当低いことになってしまうのだから」
「私、今まで父と母の生家について何も知らない状況だったのです。ですから、碌に貴族としてのお作法も知らない状況ですし、幾らバルトルト様が私と結婚を続けたいと言っても、王都に帰れば私よりも素敵な方がそれほど星の数ほどいらっしゃいますし、結局、離縁を勧められるのかなと・・」
「まあ!離縁!」
「この家に一番存在しない言葉!」
「最初に見た限り、バルトルトのフローチェさんに対する執着度合いは相当なものに見えたけれど?じゃないと、短期間で隣国の大部隊を叩き潰して、敵国を切り取るようなことまでやらかさないでしょう?」
お腹が大きくなっているバルトルトの姉は、自分のお腹を優しく撫でながら、
「貴女の元職場に敵の間諜が入り込んでいたから、直接指導に当たったフローチェさんが連座で罪に問われることもあったかもしれないのですって。だから、早急に対処する必要があるということで、わざわざ大元の敵を捻り潰すのだから、ハールマン家の男って感じよねぇ〜」
と、言い出すと、フローチェの顔を見詰めながら、
「本当はね、お式には私だけでも参加したいと思っていたのよ?だけど、お父様がファビアンを行かせるからお前は残れっていう話になって、仕方なく、フローチェさんが王都にやって来るのを待ち続けていたの」
と言って輝くような笑みを浮かべる。
「本当にごめんなさいね!あちらの式は仮の式として、きちんとしたものは王都できっちりやりましょうね!」
「すでにファティマ中央大聖堂の予約をとってあるのよ!半年後に式と披露目のパーティーをするから、ドレスを早急に用意しましょうね!」
「えーっと、結婚式とは二度も三度もするものなのでしょうか?」
フローチェの問いに、
「私は5回挙げたわね」
と、義母が言い、
「私は7回挙げました」
と、長男の嫁が言い出した。
フローチェが愕然としていると、バルトルトの姉が言い出した。
「地方に観光で遊びに行くと、簡易の結婚式を行わせてくれるでしょう?神の身元で夫婦の誓いをあげるのは、何度でも構わないと言うのが教会の方針だし、旅行の開放感の中、コバルトブルーの海、綺麗な花々、そこで記念として式を挙げたいと考えちゃうのが、ハールマン家の男なのよ」
「あの、お姉様は何度挙げたんですか?」
フローチェの問いに、
「一度で十分よ!それに、お金がかかるじゃなーい!」
と言い出した。
確かに、侍女頭のドーラも、ハールマン家の男は嫁への執着度合いが異常だけれど、ハールマン家の女はそうでもないと言っていた。
同じ血を引いているのに、お姉さんは自分と同じ価値観を持っていると感じて、思わずフローチェはバルトルトの姉の手を握り締めてしまった。
「私、結婚が決まってから、捨てられることばっかり考えていたんです。私の身分が平民だったからなんですけど」
「嘘でしょう!捨てられることを心配していたですって!」
「ないないないない!ハールマン家の男は捨てられることはあれど、妻を捨てることは、例え、四肢を引きちぎられたとしても、殺されたとしてもないのよ!」
四肢を引きちぎられるとはどういう事だろう?殺されては何も言えないのでは?さすが武家の家だけあって、表現がいささか物騒に感じたものの、思わずフローチェは安堵のため息を吐き出した。
ハールマン家の女たちとしては、三男が捨てられたら再起不能に陥るのは目に見えているため、何とか呆れ返らずに、縁を持ち続けてもらい、色々なことを諦めて貰おう(誰が家を訪れようが、抱っこやおんぶは当たり前の男たちなのだ)と思っていたのだ。だというのに、まさか、バルトルトに捨てられることを恐れていたなんて!
「フローチェさんが捨てられるなんて心配よりも、バルちゃんが捨てられる未来の方が充分にあり得るのよ!あのバルちゃんであっても!愛が重いと思うの!フローチェさん大丈夫?」
「何かあったら何でも言ってね!相談に乗るから!」
「我慢はやめてね!何言っても、泣いて謝って来るから、何でもぶつけたらいいのよ!」
「遠慮が一番ダメ!そして嫌なことは嫌と言いなさい!」
わわわわわ!と言われたフローチェは思わず安堵のため息を吐き出してしまった。
両親に先立たれ、たった一人で暮らしてきたフローチェはとにかく家族が欲しかった。自分を妻にしたらこれほど素晴らしいんだぞ!と主張するために、家事に勤しみ、空回りをして、結局、捨てられるのがオチの女だったのだ。だというのに、みんなの発言を総括すると、とりあえずのところ捨てられる心配は(本当に!)ないらしい。
愛が重いと言われても、重いくらいがフローチェにはちょうど良い。自分に自信がないフローチェとしては、溺れるくらい愛されている方が、不安が消えて心が安定していくのだった。
「不束者ですがどうぞ宜しくお導きくださいませ」
フローチェが改めて頭を下げると、
「きゃーー!可愛い〜!」
とハールマン家の女達に大騒ぎされることになったのだが、その騒ぎを部屋の向こう側から聞きながら、ハールマン家の男達がヤキモキしていたのは言うまでもないことだろう。
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