第38話  国王陛下は喜んだ

ゴーダ王国の国王ウィレム六世は、宰相であるヨハンからの報告を聞いていくに従い、遂に我慢ならない様子で歓喜の声をあげたのだった。


「鬼子をティルブルクに向かわせたのは気まぐれ程度のものだったのだが!僅かひと月で!敵国ザイストのヌーシャテル領を切り取ったか!」


 鬼子とはハールマン家の三男、バルトルト・ハールマンのことであり、長年膠着状態だった異民族との戦いに終止符を打った男でもある。この男を南に移動させたのは、王の気まぐれに他ならない。


 国境を統括する司令官が任期を終えた為、代わりに誰を送るかという話の中で、バルトルトを名指しで指名したのも国王であるし、彼に全権を委任したのも国王ウィレム六世の差配による。


 フォンティドルフ領を治めるボスフェルト侯爵と、王国から派遣された文官との報告にあまりにも齟齬が生じていた為、バルトルトに現地の調査も命じたところ、さすが王家の血まみれの鉾とまで言われたハールマン一族である。


 ボスフェルト侯爵家と一族郎党を破滅に追い込み、押収した領土のうち、穀倉地帯と言われるボスフェルト侯爵直轄の領地を王領へ、周辺の領地は予定通り切り分け、今回の戦で兵を供出した領主へ下げ渡す予定でいるのだ。


 王家が所有する直轄地は、幾代にも渡って子供達に下げ渡して行ったことにより、目減りしているところでもあった為、ボスフェルト侯爵の領地を王領に組み込めるのは有り難い。


ボスフェルト子飼いの貴族たちにしても、有能な者であればそのまま統治を任せて、寄親を変える形とすれば良いだろう。


 貴族という立場に胡座をかき、統治に失敗し、税を搾り取るだけのために民に圧政を強いる領主は意外に多い。そういった領主が長らく治めると、景気は低迷し、生産力は著しく低下し、上がってくる税収も極度に減少した状態となってしまうのだ。


 良い機会だからと広大な南の領土に手を入れて、無能な奴らを血まみれの鉾を使って一掃出来たのは幸いだった。更には、長年、目の上のたん瘤だったザイスト相手に一矢報いることが出来たわけだから、国王としては高笑いが止まらない。


 あっという間に敵軍を引き摺り出し、完膚なきまでにやっつけてしまったバルトルト・ハールマンのやり口はさすがの一言に尽きるのだが、このバルトルトが軍部を引退したいと言い出した。


「愛する嫁の為に軍を引退したいか・・将来的には伯爵家を継ぐ嫡男であれば軍部に籍を置き続ける事を強要できるだろうが、三男となると難しいか・・」


 ため息を吐き出す王の姿を見つめた宰相は、銀縁の眼鏡を指先で押し上げながら言い出した。


「愛する嫁を養うにしても無職では彼としても困るでしょう。彼の功績を讃えて彼に爵位を与えてはいかがですか?」

「爵位と言っても何処の爵位を与えると言うのだ?」


 せっかく王の直轄地としてボスフェルト侯爵直轄の領地を手に入れられたのだ。そこは絶対に外したくないといった様子の王の前へ宰相は地図を広げて見せると、国境の街ティルブルク周辺からぐるっと川を挟んだ向こう側に広がる敵国のヌーシャテル領を囲んでいく。


「治めるのに難しいこの周辺をぐるっと囲んで辺境伯の領地としたら如何でしょう?」

「奴に辺境伯の地位を与えるのか?」


 伯爵家の三男に対して、与える領地が広すぎるように思えるのだが・・

 王の考えを読んだ様子で、宰相は、ヌーシャテル領からも離れたザイストの王都オパヴァをぐるりと囲む。


「内政に失敗したザイストの王家は、我が国との衝突で多くの兵士を失い、ヌーシャテル領を切り取られたわけで、求心力がますます低くなっているような状況です」


「きっと必死になってヌーシャテルを奪い返そうとするだろうな?」

「そこで鬼子の登場ですよ」


 宰相はにこりと笑うと、小太りでずんぐりむっくりの国王陛下はフサフサとした口髭の下にある唇をへの字に曲げた。


「考えてみれば簡単なことですよ?他国に支配されていた占領地の統括は難しい、しかも、ザイストの王家は必死になって奪い取りにかかる。彼の地を王の直轄領とするのならば、全ての対応をゴーダ王家の名の下に行わなければならないのですよ?」


「うー〜ん」


「今回、バルトルトは中央の軍を一切当てにせずに戦い、見事に敵を打ち破ったのです。そんな彼であれば、ティルブルク配備の国境警備隊と、フォンティドルフ領既存の領兵のみを使う形で敵国ザイストを退けることでしょう」


「つまりはあれか?今まで国境の警備を任せていたフォンティドルフ侯爵に代わって、辺境伯に任ずるバルトルトに国境の警備は任せてしまうということか?」


「さようで」


 にっこりと笑う宰相の顔を見上げながら、国王は胸の前で腕を組んだ。確かに、これからザイストとの衝突が懸念される国境警備を王家が担うとするのなら、経費は全て国庫より賄わなければならなくなる。


 派遣するのも王国の上級将校どもになるだろうが、奴ら、金の使い方が分かっていない、ここぞとばかりに無駄なことに金を使うに違いない。


 面倒そのものの占領地の統治、敵国からの防衛、占領地からの収益を上げるために、四苦八苦することになるのは目に見えている。つまりは、かなり厄介な土地なのは間違いなく、鬼子に再び丸投げしてしまっても、それはそれで面白いのかもしれない。


「だがなぁ、そもそもバルトルトがウンと言うのだろうか?」


 名誉や出世に興味がないハールマン家は、妻の為ならば、どんな破天荒な無茶も行えるのだが、基本、やらなくて良いことはやりたくない人たちなのである。


「ふふふ・・そこについては私に考えがあります・・」


 宰相が、悪い笑みを浮かべた為、ああ、こいつ、また何か悪巧みをしているのだな、と、国王は思いながらも、

「ゴーダに不利益がなければ何でも良い、バルトルトの件はお前に一任するとしよう」

 と、ウィルレム六世は宰相に丸投げすることにしたのだった。

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