第37話 ハールマン家は愛が重すぎるらしい
「ごめんなさい!フローチェ様が気落ちしているのはマリッジブルーだと思い込んでいたんです!」
「誰だってハールマン家に嫁ぐことになればマリッジブルーにもなりますもの!それが、まさか!私たちが貴族身分の使用人だと思って気後れしているところもあっただなんて!思いもしなかったんです!」
「ハールマン家は脳筋の集まりなので、貴族の子女が行儀見習いで働きに来るなんてことはまずないんですよ!それに!私たちは全員平民なんです!」
「フローチェ様はご両親とも貴族の出だったというお話は聞いています!ですから!私たちよりもよっぽど血筋が正しいんです!」
バルトルトもちっとも話をしていなかったが、フローチェ自身も自分のことについて話をしていなかったことに気がついた為、
「わ・・私・・バルトさんの花嫁として失格じゃないですか?皆さん、平民の私に仕えることを不服に思っているんじゃないですか?」
と、問いかけたところ、集まった侍女やメイドたちが大騒ぎすることになったのだった。
「申し訳ありません、王都ではハールマン家の異常ぶりは有名な話でしたので、辺境まで伝わっているものだと勘違いしておりました」
侍女頭のドーラがフローチェにホットミルクを渡しながら、大きなため息を吐き出した。
何でもハールマン家は、妻への溺愛が凄すぎる一族らしく、現在の伯爵家当主であるバルトルトの父は、夜会に参加するときには妻をお姫様抱っこした状態で最初から最後まで参加をして、最低限の挨拶を終えたらダンスの一つも踊らずに帰ってしまうのだという。
最初の方でこそ強く拒否をしていた伯爵夫人も、子供が生まれる頃には全てを諦めて、抱っこ状態で夜会へ参加。女同士のマウント合戦に参加することも出来ないし、さっさと帰れるから楽で良いと達観しているのだという。
「ハールマンの女はそれほどでもないんですが、男となるとダメですね。生涯の相手はたった一人だけ、そのたった一人を見つけた暁には、バカ(・・)になるんです」
すでに入浴を済ませて、後は寝るばかりとなったフローチェがミルクを飲むのを見つめながら、ドーラは大きなため息を吐き出した。
「ハールマン家にはサファイアのネックレスが絡んだ恐ろしい話があるんです。あのネックレスは宝石の粒が大きすぎるだけに、貴族夫人の間で羨望の的だったりするんですよ。そのネックレスを、ある公爵夫人がハールマン家の夫人に難癖をつけて奪い取ったことがあるんですけど、その七日後にはその公爵家、どうなったと思います?」
どうなったもこうなったも、伯爵家と公爵家では地位も身分も違い過ぎる。きっと泣き寝入りしたのだろうなとフローチェは思ったのだが、ドーラは怖い顔をしながら、ふっふっふと笑うと、
「なんとその公爵家は没落してしまったんですよ」
怪談話のオチを言うような勢いでドーラは言い出したのだった。
「ええええええ!」
ハッとしてフローチェは自分の胸元に手を当てると、
「私!ファビアン様にお借りしたネックレスとイヤリング!途中で落としてしまったのかも!」
慌てた様子で言い出すと、にこりと笑った侍女の一人が、ケースに入ったブルーサファイアのネックレスとイヤリングをフローチェの前に差し出した。
「すでに女狐から取り上げて、綺麗に磨き上げた状態で戻って来ております!」
フローチェの結婚式が行われたのが今日の夕方で、日が暮れてからレストランでの披露パーティーが行われ、その途中で誘拐されることになったフローチェだったけれど、その間に何処かに落とした高級アクセサリーが、すでに戻っているということは・・
「こ・・これって!やっぱり呪いのネックレスとか、そういうものになるんですか?」
返ってくるスピードがあまりに早すぎるため、フローチェが怯えた声をあげてしまうと、周りの侍女やメイドたちが慌てた様子で言い出した。
「違います!」
「ハールマン家のネックレスなんて、誰も怖くて触りたがらないんですよ!」
ネックレスを取り上げたドーラはにこりと笑う。
「このネックレスは噂話に尾鰭背鰭がついて、恐ろしいネックレスの象徴となっているのかもしれませんが、だからこそ、このネックレスはハールマン家の嫁を守ってくれるのです」
「嫁を守るですか?」
「このネックレスを奪い取っただけで、公爵家が一つ、没落しているんです。一族郎党全て殺された!なんて語り継がれているほどで、いや、殺してはいないんですけどね?それだけ手を出したら大変なことになるネックレスであり、それを身につけることが許されたのがハールマン家の嫁だけなんです。だからこそ、このネックレスを身に付けて公の場に出るということは、ハールマン家の嫁として認められているしハールマン家に守られているんだぞ!と、アピールすることになるんです」
「そ・・そ・・そんなご大層なネックレスだったんですか!」
「だからね、フローチェ様を誘拐しようだなんてとんでもない話だし、それに関わった者は末端に至るまで滅ぼされますよ」
ドーラがあまりに確信を持った様子で言うので、フローチェは思わず生唾を飲み込んだ。
「式場に手伝いに行っていた侍女の一人が言っていましたけど、フォンティドルフの貴族の令嬢三人組が、フローチェ様に対して罵詈雑言を並べ、最後には頭から紅茶をかけまわしたそうでございますね?」
何でその話を知っているのだろうとフローチェが疑問に思っていると、化粧直しの為に席を外したときに、親友のミランダがバルトルトに向かって直談判するように言っていたのを耳にしたのだと説明を受けた。
「ミランダが・・」
平民のミランダがバルトルトに物を申すのは勇気がいったことだろう、自分の為を思って進言してくれた彼女の想いを感じてフローチェがほっこりしていると、
「三人娘は終わりましたね」
「不敬罪を適用でしょう」
と、周りのメイドが言い出した。
「ま・・ま・・まさか?貴族身分の令嬢たちですよ?」
「公爵家をぶっ潰すハールマン家なんですよ?地方の子爵、男爵身分など、蠅や蟻程度のものでしかないですよ」
「えっ!それじゃあ!ミランダまで不敬罪ってことに!」
「ないないないない!それはないですよ!」
今までお淑やかそのものに見えていた侍女やメイドたちが、フローチェの周りに集まり、生き生きとした様子で笑い出す。
「ハールマン家は嫁が第一なんです!嫁に仇なす者には破滅を!嫁を支え、慕い、敬う者には最大の敬意を!それがハールマン家なんです!」
「えっと・・」
色々と聞いていないんですけどー!と、夜空に向かってフローチェは叫び出したくなったのだった。
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